憧れと恋心(2)
やがて貴文は誰とも話さなくなり、
俺と下校することすら避けるようになった。
俺は、ホッとした。
彼は俺のことを巻き込みたくないと思っている、そんな風に好意的に解釈して。
でも、彼は俺に呆れていたんだと思う。
俺はあれだけ彼に世話になりながら、見て見ぬ振りをしていた。
「……ねえ、一緒に帰らない?」
ある日、貴文が俺を誘ってくれた。
俺はとても困って、困って……でも、断りきれずに、頷いた。
二人で教室を出る時、下駄箱で靴を履く時、並んで帰り道を歩く時、
俺は酷く緊張したのを覚えている。
誰かが俺と貴文が歩いているのを見て、
彼への悪口がいつか俺の方にシフトするんじゃないかと怖かった。
夕日が長く二つの影を縫い付ける。
やはり俺たちは無言で帰り、
やがて分かれ道で、ふと、貴文が立ち止まると口を開いた。
「……引っ越しするんだ。って言っても、同じ学区内なんだけど」
「そうなんだ」
「見える? あの山の上にあるマンション」
「うん。あそこに住むの?」
「そう。今度、遊びに来てよ」
「……ありがとう」
愛想笑いを浮かべて、俺は頷いた。
彼と別れると、途端に胸が苦しくなった。
俺は知っていた。
一人になる苦しみも、そんな中で誰かを誘うことの困難さも。
(貴文は、俺のこと助けてくれたのに。こんな俺のこと、誘ってくれたのに)
俺は都合が悪くなると、彼の傍から逃げ出した。
自分のことばかりのクズ野郎だ。嫌いだった自分を、ますます嫌悪した。
(貴文の家、遊びに行こう)
彼が俺を助けてくれたように、今度は俺が彼を助けよう。
そう決めた瞬間、灰色がかっていた目前が鮮やかに見えた。
いい考えだ。
きっと、俺の人生はそうなるようにできている。
不思議な確信と、高揚感が体に満ちていった。
――事件は、それから数日後に起きた。
「お前の親、運動会に来ないの? 父親は?
杖ついてくればいいじゃん。会ってみたいなー」
授業を終えた教師がクラスを出ていった途端、
男子のグループが貴文に突っかかった。
彼はもちろん無視をした。
しかし、その態度が気に食わなかったのだろう、彼らは早口で言葉を続ける。
「本当、会ってみたかったな。若い女が大好きなエロ爺にさ」
「……父のことを悪く言うな」
「なんで? お前の母親、買われたんだろ」
「……ッ!」
眦を持ち上げた貴文に、男子がゲラゲラ笑い出す。
「あ、あの、止めなよ。人の親のこと――」
俺は勇気を出して口を開いた。
あまりに小さな声過ぎて、全然届いていない。
もう一度、今度はもっと大きな声で……と息を吸った次の瞬間、
貴文は机の脇にかけていた自身のランドセルを彼らに投げつけた。