憧れと恋心(1)
俺と貴文の出会いは、小学校四年生の頃に遡る。
忘れもしない、夏休み明けのうだるような暑さの日、貴文は転校してきた。
「一条貴文と言います。よろしくお願いします」
教壇の前で自己紹介した彼は、
同い年とは思えないくらいしっかりしているように見えた。
スラリとした肢体に、テレビの向こう側にいるような整った顔形。
少し長めの前髪から覗く、透き通った目が印象的だった。
あの当時、泥だらけで遊び回っていたクラスメートの中で彼だけは違っていた。
姿勢良く授業を受ける姿や、柔らかな物言い、全てが新鮮だった。
クラスの女子はたちまち色めき立った。
バレンタインは今までになく賑やかになり、
「学校にチョコレートは持ってきてはいけない」と決まりができたくらいだ。
勉強も運動も全て完璧にこなす彼は、すぐにクラスの人気者になった。
一方で、この頃から俺はいつも一人だった。
毎晩ケンカする両親のことで頭がいっぱいで学校どころじゃなかった。
つまんない奴、ぼんやりしてる奴と言われた。
小突かれたり、からかわれたりしても反応が薄いせいで、
その行為がエスカレートすることが間々あった。
でも、母にはこれ以上心配させたくなかったから、言わなかった。
「翔太。一緒に帰ろう。帰り道、同じだろ?」
そんな俺に、貴文は声をかけてくれた。
転校してきたばかりだったから、
俺がクラスでどんな扱いを受けているのか知らなかったのだろう。
でも、彼の態度は二ヶ月後も、半年後も変わらなかった。
彼は、不思議と俺のことを気にかけてくれた。
「……」 「……」
何か話があったわけじゃない。俺たちは無言で帰った。 貴文の目的は分からなかった。俺と一緒にいたって、何のメリットもない。
でも、俺は違う。貴文がいれば一人ではなかった。 不思議と、小突かれたりすることも減った。
そんな日が続き、やがて小学校5年も終わる頃。 貴文も、前は母子家庭だったのだと知った。 お母さんが夜のお店で働いていたことや、 彼の母の再婚相手が、お金持ちのお爺さんだと言うことが噂になったのだ。
そんな大人たちの話を聞いたのだろう、 貴文を嫉んでいたやつらはまるで鬼の首をとったかのように、 その話を吹聴して回った。
母と息子は買われたのだと。
貴文の人気に翳りがさし、 俺のポジションまで落ちてくるまで時間はかからなかった。