セシル君は素直になりたい(12)
「……どういうこと?」
問えば、ヴィンセントは親指でボクの顔についた泥を拭ってくれた。
「俺も、お前と同じように……ヴァンパイアに両親を殺された。
それから教会の世話になって、ずっと復讐のために生きてきた」
ボクはヴィンセントの顔を覗き込む。
彼は、遠い過去の記憶を掘り返すように、
少しの間、瞼を閉じてから、口を開いた。
「数え切れないほど夜の眷属を殺した。
だが、苦しみは少しも癒えなかった。
お前に出会わなければ……俺はまだ、あの暗闇の中にいたんだ」
「暗闇……」
ヴィンセントが頷いた。
ふいに、ボクは家族を失った、あの赤い夜を思い出した。
あの時も、彼はしゃがみ込んで、
呆然とするボクと視線を合わせて話してくれたっけ。
「お前との生活は、俺に怒りを忘れさせてくれた。
俺は復讐者失格だ。だが、それでいい。
怒り続けることは、性に合わなかったんだ。
そういうことに、お前が気付かせてくれた。
ありがとう。セシル」
穏やかな声は、優しさに満ちている。
ボクはキツく手を握りしめると、首を振った。
「ボクは、何もしてない。
いつだって、貰ってたのはボクだ。
ボクは、お前のことを怒らせて、困らせて……」
「ああ。毎日、たまらなく楽しい」
「は……楽しい……?」
ボクはまじまじとヴィンセントを見つめた。
「……そんなわけないでしょ。
しっかりしてよ、ヴィンセント。
ボクがいなければ、お前は自由なんだ。
お前は、お前の人生を生きられるんだよ」
「この生活を、俺が望んでいるんだ」
きょとんとする。
ヴィンセントが望んでる? この生活を?
「だから、お前の身が心配だし、
お前自身が自分を大事にしないなら怒る」
「……それ、どういう意味?
お前は、ボクのことが……その、す、スキなの?」
「ああ。愛してる」
スルリと告げられた言葉に、ボクは彼の顔を穴が空くほど見つめた。
それから、口が裂けても言いたくなかったことを告げた。
「それ……家族的な愛でしょ」
「なに?」
「ボクのこと、子供か何かだと思ってる」
「いや、それは……」
彼は困った顔をした。見たこともないくらい、おろおろし始めた。
ボクは唇を噛みしめると、震える声を絞り出した。
「そうだよね。ボクは13の頃から年取ってないし。
確かに、結婚してれば、お前にはこれくらいの子供がいただろうさ。
でも。でもさ……っ!
ヴィンセントに抱きつく。
彼は尻餅をついた。ボクは彼の項に顔を埋めると、続けた。
「ボクはね、お前のことそういう風に見れないんだよ。
お前が……お、女の人と歩いてるだけで
嫉妬でおかしくなる。
お前がボク以外の誰かと恋人になるとか、
家族になるとか言いだしたら、絶対に邪魔しちゃう。
分かるでしょ? ボクは、お前の幸せの邪魔をしちゃうんだ! だから――」
「それで、お前……外にいたのか」
ボクが頷くと、ヴィンセントは長い溜息をついた。
「何も言わずに出て悪かった。彼女は――」
「お店の人でしょ。分かってる。
……ねえ、あの人と……寝た?」
「寝てない」
「本当に?
ボクとはエッチなことしたいと思わなくて、
あの人にして貰ったんじゃないの」
「前にも言ったが、
そういったことは、よく知らない相手としたいとは思わない」
「なら、どうして会ってたのさ」
問いを重ねると、大きな手がボクの背を撫でた。
「買い物に付き合って貰ったんだ。
俺は装飾品のことは、よく分からないから」
「買い物……?」
顔を上げれば、ヴィンセントは懐から
何かを包んだベルベットの布を取り出した。
それを、ボクの手のひらの上に乗せた。
「……何これ」
「開けてみろ」
言われた通りにすれば、中はとても可愛らしい髪飾りだった。
白いレースに、8分咲きのえんじ色のバラが3つ、
それからリボンが付いている。
「……?」
小首を傾げると、ヴィンセントはボクの手から髪飾りを抓み上げて、
ボクの髪に付けた。
いや、付けようとして手間取ったからボクが自分で付けた。
「……良かった。似合ってる」
ヴィンセントは、ホッとした表情を浮かべる。
ボクの混乱は更に深まった。
「これ、プレゼント? なんで、急に……
いや、嬉しいけどさ……」
「ちゃんとしておこうと思ったんだ」
「ちゃんと……?」
「でないと、お前を抱けないだろう?」