ユリアと獣(3)
「壊れたって…どういう……」
セシルは口元を手で覆うと、しゃくり上げながら言葉を続けた。
「ユリアを……っ、ね、眠らせたんだ……
今度は、前よりも……うんと、深く……
アイツとっ……約束……」
「眠らせた?」
セシルの言葉に沸々と怒りが湧いてくる。
「お前、また……っ!」
「ごめん。ごめんなさい……!!」
思わず胸ぐらを掴みそうになって、オレは咄嗟に拳を握り耐えた。
今は、何故、セシルがこんなことをしたのかを問い詰めている場合じゃない。
ユリアが壊れたとは、どういう意味なのか。
あの化け物は一体なんなのか。
「ユリアは何処だよ」
セシルが震える指先を持ち上げる。
その先――今まさにヴィンセントとやり合う相手に目をやって、
オレはゴクリと喉を鳴らした。
嘘だろ。そんなわけがない。
あの化け物が……
「あれが……ユリアなのか……?」
オレはセシルを見た。
セシルは視線から逃げるように俯くと、小さく頷いた。
「そんな……」
あんな姿、見たこともない。
「お前、何をしたんだよ!?
眠らせただけで、ああはならないだろ!?」
「ぼ、ボクだって、分かんないよ!
ただ、意識を押さえ込んだせいで、力が暴走しているのかも……しれない」
「意識を押さえたって、ユリアの方をだろ……?
獣はどうしたんだ!」
「アイツの意識もなくなっちゃったんだと、思う」
「はあ!?」
「獣もユリアの一部だったんだよ。
前は、そこまで深く眠らせるつもりはなかったから……獣の意識は残ってて……」
何度目かの轟音が響き、大地に亀裂が入った。
「よく分かんねえ……。よく分かんねえけど、状況は理解した。
それで、どうやったらユリアは起こせるんだ?
その指輪で何とかできないのか?」
「この指輪は、眠らせることしか……できない」
「自然に起きるのを待つしかないってことかよ……!」
「待っても……無理だと、思う……」
セシルは、眠りが深すぎるから、と消え入りそうな声で続けた。
「……クソ」
オレは激しくやり合うヴィンセントと……ユリアを見た。
一目で、ヴィンセントの消耗度合いが酷いことが分かる。
彼でなければ、今頃八つ裂きにされているだろうし、
オレたちだって無事ではないだろう。
(一体、どうすれば……)
地面を雨の雫が跳ねている。
雷鳴に激しい剣戟の音が重なる。
稲光が光って、遅れて雷鳴が轟いた。
同時に、ヴィンセントの巨躯が勢いよくコチラに吹っ飛んできた。
「ぐっ……!」
「ヴィンセント!」
彼は泥の上を転がり、片膝をついて立ち上がる。
彼は暴走状態のユリアを睨みつけながら、口を開いた。
「……隙を見て、逃げろ。俺ではヤツを倒せない」
「それはできねぇ。……止めねぇと」
「なに?」
「アイツは……アイツが、ユリアなんだ」
ヴィンセントがオレを振り返った。
「ユリアだと?」
あんな状態で街に下りるようなことになれば、
被害は甚大なものになる。
教会は本腰を入れてユリアを討伐にやってくるだろうし、
なにより、アイツ自身が自分を許さないだろう。
ヴィンセントは表情を険しくすると、低く唸った。
「……しかし、俺たちで彼を止めることは不可能だ」
「分かってる。だが、だからってーー」
周囲を見渡していたユリアが、コチラを見た。
地面を蹴る。
雨の膜を破って、黒い影が踊りかかってくる。
咄嗟にオレはヴィンセントの前に体を滑り込ませた。
ただ、これ以上、ユリアに誰かを傷つけて欲しくない一心だった。
一瞬で、距離がゼロになる。
コマ送りのように、そいつは腕を振り上げ、オレを横殴りした。
「……ッ!」
骨が軋んで、折れて、皮膚を突き破る。
痛みに声すら出ず、ひゅっと浅く空気を吸い込む。
そのままオレの体は瓦礫に叩きつけられた。