人狼坊ちゃんの世話係

茨の密約(4)

「オレに?」

 思わぬコトに目を瞬かせれば、
 ヴィンセントは深く頷いた。

「セシルは以前、お前たちに『保護者を探している』と言っただろうが、
 自分の眷属ではない死徒を受け入れるヴァンパイアはいないだろう。
 ヤツらは高潔で、何よりも自分の血を大切にする。
 そして、自分以外の眷属には慎重だ。
 正規の主人と関わりのないセシルに居場所はない」

 そう悔しげに告げると、ヴィンセントはキツく拳を握り締めた。

「俺はセシルを一人にしたくない。
 コイツは、素直じゃないから分かりづらいかもしれないが、
 お前のことをとても気に入っている。
 だから……」

「だから、オレに託すって?
 確かに、オレはあんたよりは若いから、少しは長く生きるかもしれねぇ。
 だが、それも20年とかそんくらいの差だ。
 大した意味は無いように思うけど」

 オレじゃなくて、ユリアに頼むべきだ。
 事情が事情だし、傍にいると言うだけなら彼も断ったりはしないはず。

 そんなことを考えていると、ヴィンセントが奇妙な顔をした。

「お前……もしかして気付いてないのか?」

「なに?」

「ジョッキ!」ーーそう叫んで、
 酔っ払ったセシルが勢いよく立ち上がったのは、その時だ。

「おねーさん、ジョッキ来てないよ!!」

 店中に響く声で告げると、またクタリと椅子に座り込む。
 すぐに寝息が聞こえてきた。

「……そろそろ、部屋に行くか」

 慌ててやって来た店員に平謝りすると、
 ヴィンセントは大剣を担ぎ、席を立った。
 それから、セシルを軽々と持ち上げた。

「……とにかく考えてくれ。
 もし、コイツを受け入れてくれるなら連絡が欲しい。
 俺たちはしばらくこの街にいる」

「待てよ。そも、そいつは一人が嫌なんじゃなくて、
 お前と一緒にいたいんじゃないのか?」

「俺はただの荷物持ちだ」

 ヴィンセントはそう言って踵を返した。

 結局、オレは肝心なことをヴィンセントに聞かずじまいだった。
 わざわざ追いかけて問いただすことでもないが、変に引っかかる。
 部屋で横になり、ぼんやり考えたものの……
 酒のせいもあって、オレはそのまま眠ってしまった。

* * *

 両足がブラブラ揺れている。
 逞しい腕がボクを抱いている。

 しっとりと、部屋の空気が湿っていた。
 窓の外からはポツポツと雨音が聞こえてくる。

「うー……もう飲めない……」

「セシル。起きろ。歯を磨け」

 ヴィンセントがボクの髪をくしゃりとかき混ぜる。
 バカなの? こんなに眠くて歯なんて磨けるわけないでしょ。
 ……なんて内心で毒突いて、ボクは彼の手のぬくもりを味わう。

「セシル。おい。セシル。
 ……まったく。虫歯になっても知らないぞ」

 彼は長く深い溜息を吐き出すと、ボクをベッドに放った。
 ユリアの屋敷のベッドとは比べようもない劣悪な感触だ。

 上掛けを肩までかけると、ヴィンセントの気配が遠ざかる。
 ボクは苛立たしげに口を開いた。

「……なんでそっちで寝るの」

「こっちが俺のベッドだからだ」

「そっちで寝ていいなんて言ってない」

「床で寝ろと言うのか?」

「……知らない」

「どういうワガママなんだ……」

 呆れたような声。
 ボクはおずおずとベッドの端に体を移動した。

「……ねえ」

「なんだ」

 瞼を持ち上げる。
 ヴィンセントは隣のベッドに腰掛けたまま、ボクを見ていた。

 頬が熱くなった。
 ……今夜は飲みすぎたみたいだ。
 あのバカ使用人がバカみたいなことを言ったせいで、落ち着かない。

「……気持ち悪い。背中さすって」

 言えば、ヴィンセントが腰を持ち上げてこちらのベッドに移動した。

「弱いくせに飲み過ぎるからだぞ」

「……うるさいよ」

 大きな肉厚の手が、背中を優しく撫でる。
 胸がドキドキしている。

「…………ヴィンセント。
 ちゃんとボクのこと守ってね。
 1人にしちゃダメだからね。約束、ちゃんと守ってよね」

「ああ……」

 穏やかな声で言って、ヴィンセントが微笑む。
 それは、ボクにだけ見せる笑顔だ。

 ボクは彼の片方の腕を取ると、自分のお腹に巻きつけてギュッと握り締めた。

 しばらくすると、背中を撫でてくれていた手が止まり、
 ヴィンセントは嘆息した後、ボクの隣に寝転んだ。

 静寂の後、寝息が聞こえてきた。
 ボクは彼の方に向き直って体を丸めた。
 ヴィンセントの手がボクの背を抱いているコトに満足して、夢の世界へと落ちていく。

 胸の鼓動の音が、とても心地良い。

 ーー目覚めたのは、うっすらと東の空が白んだ頃だ。

 雷の音がした。
 それに、ベッドが軋むほどの、ザラついた重い咳の音が続いた。

 それも、何度も。

 ただごとではない気配に瞼を持ち上げれば、
 白い枕に黒い染みが広がっている。

 血、だった。

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