茨の密約(3)
「処刑官……?
屋敷に来たのは、ユリアが狙いだった……って、わけじゃないよな?」
「だとすれば、こうしてお前と食事をしていることもなかっただろう。
今の俺はセシルの言う通り、ただの荷物持ちでしかない」
確かに、処刑官としてユリアに近づいたのなら、
こうした話を明かすことに利はない。
しかし、何故今そんな話を?
酔って饒舌になっているのか。
はたまた、何か目的があるのか…オレは静かに続きを待つ。
彼はジョッキを傾け喉を鳴らした。
「俺とセシルは20年前……。
ここよりも、ずっと北の小さな村で出会ったんだ」
ゆっくりと告げると、ヴィンセントは椅子の背もたれに体を預けた。
記憶を辿るように、遠くを見つめる。
「あの頃、1匹の凶悪なヴァンパイアがいた。
1月のヴァンパイアと呼ばれるソイツは、
享楽のために村人を全滅させる、
俺たちには到底理解のできない存在だった」
「1月のヴァンパイア……」
「俺は、そいつを葬るために村に派遣された処刑官の一人だった。
そして、セシルはその村の――滅ぼされた村の唯一の生存者だった。
……いや、死徒になっていたから、正確には生存者とは言えないが」
ヴィンセントの眉が、ピクリと動く。
彼は手を組むと、目を閉じた。
「……俺が村に辿り着いた時、住人は皆殺しにされ、ヤツは既に姿を消していた。
村は酷い有様だった。
住人の血で、舗装された道や広場、家の中に至るまで全てが赤く染まっていた。
怒りに震えながら俺と仲間たちは犠牲者の確認と弔いを始めーー
そして、血の海で泣き崩れているコイツを見つけたんだ。
死徒は俺たちの処刑対象だ。見つければ即刻処分しなければならない。
だが、俺には殺せなかった」
そうゆっくりと話すと、彼は小さな溜息を落とした。
「セシルは、ヤツの置き土産だった。
『自分とお前たちは同じだ』と伝えるためだけの……」
ヴィンセントは親指の腹で、
涎を垂らして眠る相方の口元を拭ってやった。
「むにゃ……」
「コイツは自分が何をされたのか一つも分かってはいなかった。
家族を殺されて、ショックを受ける子供をどうして殺せる?
俺は、放っておけなかった。
放っておけば、コイツは知らずに朝日にさらされて灰になる。
その前に他の処刑官に見つかれば、容赦なく斬り殺される。
それは、あまりに不憫だと思った」
「それから、20年も一緒に?」
「ああ。俺はそのまま、セシルを連れて教会を離れた。
あの日から、ずっと旅をしている」
ヴィンセントは重く頷くと、ジョッキを傾けた。
それから静かにオレの反応を待っている。
「……なあ。一つ聞いていいか?」
「なんだ?」
オレも椅子の背もたれに体を預けると、
先ほどから頭に浮かんでいた疑問を口にした。
「どうしてその話をオレに?
酔っ払いの昔話ってわけじゃないだろ?」
ヴィンセントは束の間、視線を彷徨わせた。
ついで姿勢を正すと、オレに力強い眼差しを向けた。
「……お前に、セシルを頼みたいと思っている」