謎めいた屋敷と、ご機嫌な坊ちゃん(1)
それから数日後、オレはフードの男――ハルと一緒に街を出た。
彼の事情で出発は夜だった。行動の殆ども夜。だけど、その事情というのは詳しくは知らないし、知ろうともしなかった。
「……なあ。こんな森ン中に、お貴族様が住んでる屋敷があるのか?
オレ、もしかして騙されてない?」
「騙してなんていない。もう少しで着くよ」
街を出て半月ほど馬車に揺られたある日、オレたちの乗る馬車は大きな森に踏み入った。
真っ暗で静かな森だ。光といえば、木々の合間から見える真っ白な月のみ。
馬は慣れたもので、御者に従って恐れることなく進んでいく。
「着くって、何処に――」
小窓から外を覗く。
すると、木々の暗い影ばかりが続いていた森の中に、突然、大きな屋敷が現れた。
「え」
さっきまでなかったのに。
馬車が蔦の絡んだ鉄扉の前で停まる。その左右では明々と灯が輝いていた。
「長旅ご苦労さま」
そう言って、ハルは馬車を降りた。
恐る恐るそれに続けば、重い音を立てて鉄扉が開く。
見れば、ズラリとメイドたちが立ち並んでいた。二十人、いや、もっといる。
深夜の来訪を迷惑そうにすることもなく、粛々と彼女たちはハルを出迎えていた。
「ハル様、ようこそいらっしゃいました」
メイドたちの中から、年配の女が一人進み出て深々と頭を下げた。
「ユリアにプレゼントを持ってきたんだ」
「さようでございましたか。それでは、いつもの客間にて主人をお待ちください」
「分かった。……行くよ、バン」
「あ、ああ」
戸籍がない方が都合の良い、オレの新しい職場。
そして、これから世話をする相手だろう――ユリアという名前。
メイドたちの視線がオレに集中しているのを感じる。
じろじろというレベルじゃない。凝視だ。居心地が悪くて、オレは自然と俯いた。
その時だ。
「叔父さん! ハル叔父さん!!」
張り詰めた緊張を霧散させる、底抜けに明るい声が聞こえた。
顔を上げれば、背の高い男がこちらへ向かって走ってくるのが見えた。