忍び寄る「黒」と赤い過去(1)
壁掛けの灯りに映し出されて、廊下に黒い影が伸びている。
足音に加えて、物々しい装備類の音が反響していた。
ふと窓の外へと目を向ければ、うっすらと東の空が白み始めている。
ボクは後ろを歩くヴィンセントを振り返った。
「……ずっと思ってたんだけどさ。
なんで、屋敷の中だっていうのに武器を持ち歩いてるわけ」
「何があるか分からないからな」
短い答えに、セシルは肺の中が空っぽになるような溜息をつく。
「変に疑われなかったから良かったものの……
普通だったら取り上げられてるから。
っていうか、そも、屋敷にすら入れて貰えなかったからね」
「そうなったら、その時に考えていた」
目的の部屋の前に辿り着くと、
ボクは深呼吸してから、扉をノックした。
「どうぞ」
柔らかな声が応える。
ボクはヴィンセントと視線を交わしてから、扉を押し開いた。
「……あれ? セシル?」
「ごめんなさい、お休み間際に。
その……もう少しだけ、ユリアさんとお話したくて」
「気にしないで。まだ起きていますから」
ちょっと待っていてください、と言い置いてユリアは窓辺に歩み寄った。
それから、カーテンを閉めてくれる。
暗くなった部屋で、灯火が揺れた。
「今、お茶を用意しますから。そちらで、くつろいでいてください」
ユリアが無防備に背を向けて、呼び鈴に手を伸ばす。
彼に背後から近付いたボクは、その手を掴んだ。
「お茶はいりません」
「え?」
振り返ったユリアの眼前に指輪をかざす。
キラリとそれが輝くと、ユリアの大きな体が揺れた。
「……っ」
ガクリと膝を折った彼が、咄嗟にテーブルに手をついて体を支える。
その耳朶に、ボクはそっと唇を寄せた。
「眠いでしょう、ユリア。 ゆっくり、ゆっくり、落ちていくんだ。深い夢の底に……」
「あ……」
支える力も失い、ゆっくりとユリアは崩れ落ちていく。
ボクはそれを確認すると、ヴィンセントを振り返った。
「ヴィンセント。彼をベッドに運んで。
それから衣服を脱がせて。もちろん下着も全部」
「本当にやるのか?」
「決まってるでしょ。
既成事実さえ作っちゃえば、彼はもうボクに逆らえないんだから」
「……うまくいくといいがな」
ヴィンセントが、肩をすくめる。
「いくに決まってるでしょ。ほら、早くやって」
「……分かった」
ヴィンセントがユリアに歩み寄ろうとした――その時だった。
「……セシル、伏せろッ!!」
ヴィンセントが声を出すと同時に大剣の柄に手をかける。
咄嗟に伏せたその瞬間、ボクの頭上を鋭い風が横切った。