ゆっくり、一歩ずつ(1)
惨劇の後、屋敷の使用人たちはすぐに掃除に取り掛かった。
獣の戦闘に巻き込まれる形で負傷したメイドの中には、
すぐには動けない者もいたけれど、持ち前の回復力でみんなすぐに復活し働き始めた。
ユリアによれば、彼らはヴァンパイアである祖父の血を分け与えられた死徒なのだという。そのため陽の光や銀に弱いが、不死に近い存在らしい。
「ふぅ、こんなもんか」
隠し部屋の血の汚れをそれなりに拭い落とした俺は、額に滲む汗を拭った。
後で分かったことだが、ここの血はほとんどがユリアのものだった。
『初めて殺されかけちゃいました』
と、肩を竦めてみせたユリアはと言えば、ベッドで絶対安静中。
回復が間に合っていないらしく、まだ内部は再生中とのことだ。
* * *
翌日の夕方。
オレは台所に寄ってからユリアの部屋を訪ねた。
「ユリア。ミルク粥持ってきたぞ」
ベッドの中にいたユリアは、オレの顔を見ると慌てて上掛けを頭までかぶった。
「ありがとうございます。そこに置いていただければ自分で食べるので」
くぐもった声が言う。
顔を見なければ平気というわけじゃないんだが、とオレは苦笑しつつ、
ベッド近くの椅子に腰を下ろした。
「うるせ。顔出して体起こせ」
「でも……」
「はーやーくー」
躊躇いがちに、ユリアがひょこりと顔を出す。
彼が体を起こすと、オレはスプーンで粥をすくって口に運んだ。
「ほら。口開けろ」
「……いただきます」
穏やかな夕方だ。
窓からは、微かに西日が差し込んでいる。
カーテンを開けたのは、ユリアだろう。
日が差す場所に、屋敷の人間は来られないのだ。
「どうだ? 美味いか?」
「うん。凄く」
ユリアは子犬みたいにスプーンから粥を啜る。
「……ってか、今思ったんだけどさ。
お前、食事は母方派? 父方派?」
「どうして?」
「例えば、ヴァンパイアの食事って血なわけだろ。
ミルク粥じゃ、食事にならねぇんじゃねえかなって」
「ふふ、ヴァンパイアは血を吸いませんよ」
「え? 吸わねぇの?」
「吸血行為と思われている行動は、
唾液に含まれている成分を相手に流し込んでいるんです。
そうすると、相手をヴァンパイアと同じ不死ーー死徒にすることができる。
食事じゃなくて、『僕(しもべ)』を作る行為なんです」
「そうだったのか」
「でも、どうして急にそんなことを?」
「こんな粥じゃ物足りねぇんじゃないかってさ。
血の方が滋養強壮があるってんなら、オレの吸えばいいし、そっちのが世話係味あるし。
ま、いらねぇならいいや」
言うと、ユリアは神妙な顔をした。
「吸ってもいいの?」
「……それって、オレに死徒になれってことか?」
「えっ、違いますよ。そうじゃなくて、滋養強壮的な意味で……
……やっぱり、何でもないです」
「なんだそりゃ。
言いたいことあるなら、言えっつったろ」
粥にパクつこうとするユリアから、スプーンを引く。
「ほら、言えよ」
それから、オレは粥を自身の口に放った。
「もう。そうやって、意地悪する」
「言いかけて止めるお前が悪い」
ユリアは困ったように眉根を下げてから、
オレの膝に乗せていた皿をサイドチェストの上に置いた。
「おい?」