心臓のない王(2)
* * *
まだ、僕がずっと幼かった頃。
別の屋敷で、母と共にこうして隠れたことがあった。
『ユリア、声を出してはダメよ。
静かにしていれば、みんなすぐに帰っていくから』
母は落ち着いた様子で僕を抱き、頭を撫でてくれた。
人にとって、僕らバケモノは「脅威」だ。
それは十分に、攻撃する理由になる。
それでも、母は同じ世界に住む一つの生命として、彼らの『隣人』でありたいと願っていたようだ。
当時の僕は幼すぎて、彼女の真意に思いを馳せることは出来なかった。
それでも、物を壊せば心が痛むし、
命が消えれば、悲しく感じる。
だから。
『僕も殺さない』
そう告げた。そんな僕に、母は白銀の睫に縁取られた紅の目を優しく細めた。
……瞳には、1匹の獣が映っている。
* * *
隠し部屋に辿り着いた僕は、使用人たちを部屋の端に座らせると、
自分は扉の一番近くに陣取った。
教会の人たちは屋敷の中を探し回っているようだ。
大丈夫。
口の中が乾いていて、言葉が粘膜にこびり付いた。
使用人たちは静かに立っている。
いつもは寂しさを浮き彫りにする彼女たちを、不思議と心強く感じた。
僕は胸に手を当てて、目を閉じる。
頭上に足音が近づいてくる。とても慎重で、しっかりとした足取りだ。
ガチャガチャと鎧の擦れる音もする。
大丈夫。見つからない。
誰も死なないし、
誰も殺さない。
息を詰める。
早くそのまま立ち去ってくれと祈る。
足音。
静寂。
鎧の音。
足音。
「……」
僕は唾を飲み込んだ。
音が次第に遠ざかっていく。
まだだ。まだ、もう少し。
早く。早く、行って。お願い。
足音が完全に消えた。
……諦めてくれた。
僕は詰めていた息を吐き出した。
――直後、扉が蹴破られた。
「……っ!?」
なんの気配もなかった。
男が5人、驚くほど無駄のない動きで部屋に飛び込んでくる。
白銀が煌めき、僕は咄嗟にそれを腕で弾いた。
甲高い音を立てて、剣が折れる。
けれど男たちは怯むことなく、瞬時に手にしていた剣をこちらへと投げ、間合いを詰めてきた。
両手を掴まれる。
それを振り払おうとした刹那、両足を引かれて床に倒された。
起き上がる間もなく、壮年の男が僕に近付いてくる。
手に握っているのは、杭だ。
彼はなんの躊躇いもなく、それを僕の胸へと打ち込んだ。