人狼坊ちゃんの世話係

最果ての約束(11)

 1週間はあっという間に過ぎてーー

 カレンさんの結婚式の日になった。

 初め、教会で式を挙げると聞いた時は、
 僕もバンさんも内心かなり焦ったけれど、
 この街では人前式が主流で教会の人間は呼ばないと聞き、
 僕らはホッと胸を撫で下ろした。

 ウェディングドレス姿に身を包んだカレンさんはとても綺麗だった。
 前を向く強い眼差しや、ツンと通った鼻筋はバンさんにそっくりだ。

「これからは哀しみも喜びも、ふたりで分け合い、
 ふたりで力を合わせて、笑顔あふれる家庭を築いていくと誓います」

 ステンドグラスから差し込む日の光の下、
 聖壇前に立った彼女と旦那のヒューさんが、
 参列席に向かって和やかに誓いの言葉を述べた。

 指輪の交換が行われ、
 旦那さんがカレンさんのベールを持ち上げて口付ける。

 祝福の言葉が投げかけられ、
 色とりどりの紙吹雪が投げられた。

 ふたりは、とても幸せそうに微笑んで、
 カラフルな雨の中、頭を下げる。

 その様子を、僕とバンさんは親族席で見守っていた。

「カレンさん、素敵ですね。ねえ、バンさ――」

 隣のバンさんに耳打ちをすれば、
 彼の頬が涙で濡れているのに気付いた。

 バンさんは僕の視線に気付くと、慌てて手の甲で頬を擦る。

「……バンさんって、意外と涙もろいですよね」

「うるせー」

 憮然と鼻を鳴らし、彼は前を向いた。

 ヴァージンロードを歩き、出口へと向かうふたりを見送る。
 興奮したように頬を上気させる彼の横顔を見ていると、
 どうにも耐え難い愛おしさに襲われて、
 僕は彼を抱きしめた。

「おっ、おい、ユリア……!?」

 彼がどんな気持ちで涙を流したのかは計り知れない。

 バンさんは、自分のことしか見ていなかったなんて言ってたけど、
 どれだけの人が、大切な人のためとはいえ自分の人生を犠牲にできるものなのだろう?

 そんな彼の人生を、これからは僕が支える。

 そう思うと、僕は胸が震えるほどの喜びを感じるのだ。

* * *

 二次会にも誘われたが、オレとユリアはそれを辞退して、
 人のいなくなった教会の椅子に座っていた。

 気にしすぎだと言われたが、
 オレがいるせいで過去を詮索されてもつまらないと思った。

「キレイだな」

「そうですね」

 一日貸し切りなのか、教会は式の時のままで掃除も入っていなかった。
 床に落ちるカラフルな紙吹雪を、
 ステンドグラスを通した陽光が照らし出して、とても華やかだ。

「……ありがとな。ユリア」

「え……?」

「オレの家族を丸ごと救ってくれて。
 ……って、ハルにも言わねぇと」

「何を言うかと思えば……確かに、きっかけは叔父だとは思うけど、
 今の未来は、バンさんとバンさんの家族が切り開いたものだと思うよ」

「……そっか。そうだな。
 でも、そのきっかけってのがなかなかねーわけだから。
 やっぱ、ありがとうだよ」

 きっかけがなければ、オレは今でも身体を売っていただろうし、
 もしかしたら母のように病気になって、死んでいたかもしれない。

 こうして、ここにいること自体が、
 オレにとっては奇跡のようなものだ。

 感慨深く昔のことを思っていると、
 唐突にユリアが席を立った。

「ユリア? どうした?」

 彼は聖壇前に立つと、オレを拱いた。

「バンさん。ちょっと来て」

「ん?」

「ここに立って」

「ここ?」

 戸惑いつつ、言われた通り彼の隣に立つ。
 すると、彼は何度か声の調子を整えてから、口を開いた。

「病める時も、健やかなる時も、
 あなたを支え、あなたを愛し、
 あなたを世界で一番幸せにすると誓います」

 唐突な誓いの言葉に噴き出す。
 でも……悪い気はしない。

「オレだって。
 病める時も、健やかなる時も……」

 言葉の途中で、ふと、脳裏にいくつもの場面が去来した。

 初めからユリアは犬のようにまとわりついてきて、可愛かったっけ。

 彼の欠けた部分を、全てを尽くして、埋めてあげたいと思ったが……。
 でも、気が付いたらユリアに手を引かれて歩く自分がいる。

「……この命尽きるまで、お前の傍にいるよ。
 全身全霊を賭けて、愛し抜く」

「命尽きるまで……それなら、永遠だね」

「そういうことになるな」

「愛するだけじゃなくて、ちゃんと僕の愛も受け取ってね?」

「ああ。どんな愛も受け入れる。
 だから、お前の全てをオレにくれ」

「もちろん。僕の全部はあなたのもので、
 あなたの全ては僕のものだ」

「これからも、宜しくな」

 オレは上着のポケットに手を突っ込んだ。
 帰り道に渡そうと思ったけど、今がベストな気がする。
 すると――

「バンさん。手、出して」

 ユリアに左手を取られた。

「なに?」

「本当は、帰りの道中で渡そうかなって思ってたんだけど」

 気恥ずかしそうに笑って、ユリアがポケットから小さな黒い箱を取り出す。
 もたつきながら蓋を外すと、中には銀に光る指輪が収まっていた。

「これ――」

「実はね、指輪を用意してたんだ」

 オレはまじまじとそれを見つめた。
 次いで、盛大に噴き出す。

「はっ、ははっ、マジかよっ……!」

「え、何で笑うの!?」

「いや、だってさ、考えること同じだから」

「え?」

 オレも、今まさに取り出そうとしていたものをポケットから引っ張り出した。

「あっ……!!」

 蓋を開ける。
 中身はもちろん指輪だ。オレが用意したのは、金のものだったが。

「いつの間に!?」

「そりゃ、サプライズだから秘密で用意したよ。
 お前こそ、全然気付かなかった」

「僕だって、必死で隠してましたからね……」

 顔を見合わせて、笑い合う。

「ついでだから、二個ずつ付けちまおうぜ」

「うん」

 まずは、ユリアの用意した指輪をお互いに付け合った。
 それから、同じ指に今度はオレが用意した指輪をはめる。

「細めのだったから違和感ねぇな」

「そうだね」

 お互いにはにかむ。
 やがて、気恥ずかしい沈黙が落ちた。

 ヘンな感じだ。
 ただ、お揃いの指輪を付けたってだけなのに、
 どうしてか、胸がうるさいくらい、ドキドキしている。

 顔を持ち上げると、ユリアがぎこちなく笑った。
 その頬は、耳まで真っ赤だ。

「ユリア。……愛してるよ」

 そんな彼を見つめていると、
 するりと言葉が口を突いて出た。

「うん、僕も。愛してるよ、バンさん」

 応えるように彼の頬に手を伸ばし、くせっ毛の金髪を抓んだ。
 続いて、そっと頬を撫でる。
 ユリアはその手をとって、唇を押し付けてきた。

 触れた部分が、火傷しそうに熱い。

 視線がぶつかると、時間が止まったかのように目を離せなくなった。
 澄んだ蒼い瞳に吸い込まれそうだ。

 腕を引かれ、その勢いのままオレは彼の胸の中に飛び込んだ。
 背に腕を回してキツく抱きしめる。

「ずっと、ずっと一緒に……笑顔で生きていこうね」

「ああ……約束だ……」

 どちらからともなく、唇が重なる。

 何度も何度も繰り返した口付けなのに、
 そのキスは、まるで初めて交わしたかのように甘酸っぱい味がした。




『人狼坊ちゃんの世話係』FIN

-224p-