萌ゆる月(4)
「ぅ、うっ、ひっく……っ」
涙で視界が歪んで、手元がくるいそうになる。
それでも何度も腕で涙を拭って、
ボクはなんとかヴィンセントの傷を縫っていった。
「セシル。泣くな。大したケガじゃない」
「分かってるよ」
ユリアの所に行くと決めた日、
絶対に泣かないと決めていたのに。
「でも、ユリアが咄嗟に手加減していなかったら、ヴィンセントは死んでた」
「それは……」
「ボクさ、覚悟してきたんだよ。
お前を失う覚悟。でも、でも……全然出来てなかったみたいだ」
ケガの手当てを終え道具を片付けると、ボクは彼の大きな手を握った。
「お前を死なせたくないよ……」
止めどもなく涙が溢れ出る。
奥歯を噛み締めて、ボクはか細く息を吐き出した。
「だって、だってさ、最近、発作も全然起こらないし、
それって薬が効いてるってことじゃないか。
お前、まだ生きられるんだよ。
なら……生きてよ……」
「言っただろう。俺はお前と生きて死ぬ。
1月を倒せば、お前は――」
「それでも、生きて欲しいんだよ!」
ボクは叫んだ。
ずっと一緒にいたせいで忘れかけていたけれど、
ボクらは根本的に違うのだ。
ヴィンセントはまだ生きている。
「……ひとり寂しく生きろと?」
「そんなことにはならないでしょ。
ヴィンセントはカッコイイし、
周りが放っておかないって。
普通の生活に戻ったら、奥さんとか出来て、
子供も生まれて、幸せな、家族が……」
容易に想像できた。
綺麗な女の人と結婚するヴィンセントの姿が。
子供を抱っこして、ぎこちなく、でも、優しく微笑む姿が。
ボクには与えられない幸せだ。
ボクに会わなければ、もしかしたら手に入れていたかもしれない幸せだ。
「ボクがいなくなるから……
自分も死ぬなんて、バカげてる……」
呟くと、唐突に顎を掴まれ上向かせられた。
「いっ……」
「どうしたら、俺の気持ちはお前に伝わるんだろうな」
「んむっ」
唇を塞がれる。
押しやろうとしてもボクの力では到底抵抗なんて出来なくて、
軽々とベッドに押し倒されてしまった。
「ちょっと、何して――
傷口、開くだろ!?」
せっかく縫ったのに。
せっかく、手放そうと思っているのに。
「お前が悪い」
両手を頭上で固定されて、衣服を乱される。
露わになった胸元に、熱い手が触れた。
「んっ、んんっ、ぁう……や、ダメ、ヴィンセント……」
唐突な愛撫に戸惑えば、
ヴィンセントは優しく目を細めた。
「悪い子にはお仕置きだ」
「……っ!」
場所とか時間とか、心の準備とか!
色々と文句はあるけれど、全部彼の大きな手に甘く蕩けていく。
コンコンと、部屋の扉がノックされたのはそんな時だ。
「誰だ」
「ちょっ、ヴィンセント!?」
ヴィンセントは手を止めずに応えた。
もちろん鍵なんてしてなかったし、ノックした相手は気にせず扉を開く。
「わぁあああッ!?」
「あー……」
バンだった。
バンは瞬時に状況を把握したようで、肩をすくめた。
「……悪い。完全に邪魔したな」
「いい。それで、何の用だ?」
「手当て……が、終わったら、客間に来て貰っていいか。ハルが呼んでる」
「……分かった。少し待っててくれ」
「まっ、待たせる必要ないからね!?
今すぐ行――」
ボクの言葉を最後まで聞かず、
バンが部屋を後にする。
「……っ、ヴィンセント! 今すぐ行って!!」
ボクは渾身の力で、ヴィンセントを押しやった。
彼は、苦笑をひとつ落とすとベッドから降りた。
* * *
客間で待っていたハルは、表情こそいつもと変わらなかったが、
まとう雰囲気は苛立ちで満ちていた。
一言で言うと威圧感が半端ない。
オレは自然と彼と距離をとるようにしてユリアの隣に立った。
「集まって貰ったのは、他でもない。
いい加減……1月を倒そうと思う」
ヴィンセントが部屋にやってくると、
ハルは開口一番、そう言った。
「急だな」
「知りたかったことは、あらかた分かったから」
「知りたかったこと、ですか?」
「うん。これから、作戦を話すよ」
ハルは、ユリア、ヴィンセントにソファに座るよう目で促した。
彼らが従うと、ハルも近くの椅子に腰掛け手を組み、背もたれに身体を預けた。