シロとユリア(11)
「は……?」
オレはポカンとしてユリアを見た。
好き? 誰を?
まさか……オレがシロを?
「すっ、好きなわけねぇだろ!
なんで、そんな風に思うのか訳わかんねぇけど、オレが好きなのは――」
「でも、嫌いじゃないでしょう?」
「……っ」
どうして、即座に嫌いだと言い返せないのだろう。
オレは無意味に口を開閉させた。
アイツがいなかったらメティスから逃げられなかった。
ユリアのことも守れなかった。
だから感謝はしている。
しているし、でも、いや、だからって……
「ユリア……オレは……」
言葉を必死で探した。
そんな問いを投げかけられるなんて、思ってもいなかった。
どちらかというと、責められると思っていたし。それか、酷く悲しまれるかと。
ユリアは何のために尋ねたんだ?
気持ちを疑っているようには見えない。
彼は狼狽するオレを静かに待っている。
分からない。こんなこと初めてだった。
ユリアが、分からない。
……結局、オレの口から出てきたのは、「ごめん」の一言だった。
何に対する謝罪なのかは自分でも分からないままだ。
「どうしてあなたが謝るんですか?
悪いのは僕だよ」
ユリアはそこでやっと、小さく微笑んだ。
「僕が逃げたんですよ。全部のことから」
ユリアは1度言葉を句切ってから、続けた。
「あなたがベッドで安静にしている間、
数日かけて思い出したんです。
メティスから逃げ出した日のこと。
バンさんが、アイツに血を上げたこと。
そして、アイツがあなたを守って安全な場所まで逃げてくれたこと。それから……」
アイツが、あなたを無理やり抱いたこと。
ユリアは言った。
分かっていても息が詰まる。
「全部……見たよ」
「……そ、うか」
「全部見て、僕は……
僕は、やっぱりあなたが好きで、あなたを手放したくなくて、
でも、今のままじゃダメだって思い知ったんです」
「え……」
腕を引かれたかと思えば、
オレはユリアに抱きしめられていた。
「メティスで僕は……人を、殺した。
アイツは殺さないように気をつけてはいたけど……何人かは死んだ、と思う。
でも、それを責める権利なんて、僕にはなかった。
あなたを守ることすら出来なかった僕には……」
ごめんなさい、と掠れる声が告げる。
「でも、変わるよ。
僕は強くなる。誰も傷付けなくてすむほど強く。
大切な人を……あなたを守れるほど強く」
「ま……守ってくれなくていい。
なんで、主人が世話係を守るんだよ」
オレはユリアの腕を掴むと、押しやった。
ユリアが過去を思い出したのは良かったと思う。
家族に愛されていた記憶は、彼に生きることを肯定させた。
でも、それだけでいい。
戦うとか、強くなるとか、ユリアにはそんなものはいらない。
彼は殺す殺されるの世界は知らなくていいのだ。
彼を守るべきはオレの仕事だし、
強くなるべきなのはオレだ。
「バンさんは僕が剣を持つのは、反対なの?」
「当たり前だろ。オレは……オレは、お前が心配なんだ。
なんでお前が戦う必要がある?
今までみたいに逃げたっていいだろ。
オレが強くなる。2度とあんなヤツに狙われないように、お前のこと守るよ。だから」
「もう逃げないって決めたんです」
「なんでだよ。相手を傷付けるのは嫌だってあんなに……っ」
蹲って泣いていた姿が脳裏を過る。
あれは、つい数ヶ月前のことだったのに。
ああ、でも……
ユリアが誰かを傷付けてまで生きたくないと言っていたのは、
両親の死を受け入れられなかったせいだったっけ。
彼は乗り越えたのか。
両親の死を。自分の弱さを。
だからオレを守るなんて言うのか。
「あなたには、たくさん心配をかけてしまったと思います。
でも、もう大丈夫です。あなたがたくさん支えてくれたお陰です」
「……そうか」
ニコリとユリアが微笑む。
あんなに近くにいた存在が、今はただただ遠く感じた。
「バンさん。
僕のこと丸ごと愛してくれて、ありがとう」
「何だよ、ありがとうって……」
目を逸らす。
すると、頬に片手が触れて上向かせられた。
視界一杯に、整ったユリアの顔が広がる。
蒼い瞳に吸い込まれそうになる。
「ん……」
唇が一瞬触れて、離れる。
続いて、角度を変えてもう一度、口付けられた。
忍び込んできた舌が、オレのそれを絡めとる。
「ん、んんっ、ん、ぅ……はっ……ぁ」
キスしながら、壁際まで追い詰められた。
ユリアは手にしていた剣を近くの棚に置くと、
オレの頬を両手で包み込んだ。
呼吸を奪うかのように続いて口中を貪られる。
「は、ぁ、……ユリア、待ってくれ……」
口付けの合間に、オレは呻いた。
求められて嬉しくて、安堵しているというのに、
心の底から集中できない自分がいる。
「アイツのことが気になる?
……もう、見られることはないですよ。
僕が見せないもの」
「そうじゃなくて――」
シャツのボタンが外され、
素肌にユリアの熱い手が触れた。
「あっ……」
彼はそっと、オレの左の肩口ーー噛み痕を指先で撫でる。
それから、逆側の首筋に唇を押し付けてきた。
「んんっ」
痛いほど、肌を吸われる。
1度だけでなく、何度も、彼はオレの首筋から鎖骨の辺りに口付け、
幾つも跡を残していく。
「……これくらいなら、いいよね」
「ユリア……?」
「なんでもないよ、バンさん」
再び唇が重なる。
吐息が、混ざり合っていく。
オレは躊躇いがちにユリアの背に腕を回した。
それから、キツくシャツを握りしめた。