シロとユリア(3)
「付きまとう? 付きまとうって……あはっ、誤解だよォ!
俺がここにいるのは個人的な理由じゃない。
愛する人の遺志を叶えるためだ!」
「遺志?」
弾けるように応えたジルベールに、
ハルは気怠げに小首を傾げた。
「そう。あんたの甥っ子ちゃんを使って、永遠の命を持つ人間を作るんだ。
潰して、切り刻んで、こねくり回して……
それは、血反吐吐いて、ひたすら耐える日々だった……
傑作だよ! アイツらホントに容赦ないんだからさァ!」
「君が引き続き遊んであげればいいじゃないか」
「俺、気付いちゃったんだよね。
自分が痛い思いをする必要なくない? って。
それに、甥っ子ちゃんは日の光も平気だし、
人間の求める永遠の生命体そのものでしょ?」
「俺も彼の体にとても興味があるわけだし。
知識も楽しみも分け合うべきだ。だから俺は彼を迎えに来た。
僕も幸せ、みんな幸せ!
ハッピーとハッピーで、悪いことはないからね!」
「僕らはハッピーじゃない」
律儀にハルが答える。
しかしジルベールは聞いていないのか、うっとりした様子で長い溜息をついた。
「あんたはさ、太陽の下でする散歩って想像出来る?
絶対に楽しいよ。ニンゲンの活動時間なんだから。
追いかけっこも、もっとずっとスリリングになる……
そうだ! 俺が真昼間に歩けるようになったら、情報の共有をしてあげるよ!」
「いらない。興味ない」
「えー。あんた好奇心なさすぎ。
そんなんで生きてて楽しいの?
楽しいとかないでしょ。そうだ、そうに違いない。
あーあー、可哀想に!」
どちらかと言うと、表情の薄かったジルベールが、
今では子供のようにはしゃぎ、怒り、同情している。
その様は不気味ですらあった。
「いつまで無駄話に付き合ってやるつもりだ」
手を額に当てて大袈裟に嘆く彼に、シロが唸る。
「ハル。黙らせるぞ」
「……それもそうだね」
「黙らせる? さっき俺に手も足も出なかったのに?」
「うるさい。先程と同じだと思うな」
シロが鼻に皺を寄せると、ジルベールはポンッと手を打った。
「およよ。確かにそうかも。そっちは2人がかりだもんねェ?
……じゃあ、まあ、今日はこのまま帰るよ」
「帰れると思っているの?」
ハルのまとう空気がしんと冷える。
「んんん? 帰るよ??」
「帰さん」
シロが両足に力を込めた。
鉤爪が地面に食い込み、砂利が音を立てる。
「あはっ、じゃあ追いかけっこする?
全然、いいよ。俺は。楽しそうだし」
ジルベールはコロコロと笑った。
それから、つ、と目を細め、口の端を引き伸ばす。
「――でも、そんなことしてる暇あるの?
甥っ子ちゃんの心臓、弱っちゃうけど」
「それがどうした? 貴様を生かしている方が、よほど心臓に悪い」
シロの意識がジルベールに集中する。
「……ちょっと待って」
「待っていられるか! ヤツを仕留める……!」
ハルの言葉を無視して、シロが躍りかかった。
「待って、って言ってるでしょ」
しかし、いつの間にか移動していたハルがそれを片手1本で制した。
「……っ!?」
咄嗟にシロが退くのと、ジルベールが間合いを一気に開けたのは同時だった。
「そうそう。冷静になりなよ。
人間なんかに心臓を渡して、寿命を縮めたなんておバカにも程がある」
そう言ってニタニタ笑う彼の身体が、闇夜に溶けていく。
「それじゃあね」
「貴様っ……!」
シロは咄嗟に追いかけようとするものの、
叔父を前にしては強行は出来ないらしい。
彼は逆毛を立てると、ハルに怒鳴った。
「ハル! 何故、ヤツを仕留めない!?」
「君が大事だからだよ」
「……っ」
真っ直ぐ告げられた言葉に、シロが言葉を飲む。
ハルはそんな彼には目もくれず、
眺めているだけだったオレに歩み寄ってきた。
それからピクリとも表情を変えず、オレの胸ぐらを掴み上げた。
「ぐっ……」
「それで、どうして君がユリアの心臓を持っているの?」
「おいっ!? 何を……」
「今すぐ返して貰うよ」
ハルが右手の狙いをオレの胸に定める。
その手を、シロが背後から掴んだ。
「待て。手を離せ」
「ユリア?」
「そいつに心臓を渡したのはアイツの意思だ」
「ユリアが望んだの? どうして……」
ハルがオレから手を離す。
バランスを取れず、オレは尻餅をついた。
「傍にいたかった。ずっと」
「ずっと……?」
ハルが心底理解できないと眉根を寄せる。
シロはオレを抱き上げた。
「大丈夫か、バン」
「あ、ああ……」
「そうか」
小さく頷いたシロの眼差しがユリアの優しさに満ちたそれと重なる。
オレは知れず視線を逸らした。
ユリアと重なるなんて、どうかしている。
いや、同じなのだから重なっても別段おかしくはないのだが……
「……分からない。それなら噛めばいいだろう?」
「噛んではコイツの心が死ぬ」
シロはそう応えると、オレを担いで立ち上がった。
「そんなことより、コイツの手当てがしたい。
何処か身を落ち着ける場所はないか?
屋敷は教会の奴らが監視していて、戻れない」
シロが話を変える。
思案げにしていたハルは愁眉を開くと、頷いた。
「……知っているよ。だから僕が迎えに来たんだ」