螺旋回廊(7)
どうしてヤツが生きている?
あの高さから落ちたっていうのに。
「まるで幽霊に会ったみたいな顔をしていますね」
ジルベールは小首を傾げ、クスクスと鈴の音のような笑い声を立てる。
「そうですよね。
人があの高さから落ちて、生きていられるはずがありませんし」
「あの……彼は何を」
体を起こしたユリアが戸惑いながら、問いかけてくる。
オレはヤツとの距離を測りながら、横に首を振った。
「聞かなくていい」
「聞かなくていい、ですって?」
ジルベールが、切れ長の目を小さく開く。
「……待って下さい。
私がどれほど苦しんで、どんな風に息絶えたか……
彼は知っておくべきではありませんか?」
「ユリア。耳、塞いどけ」
「で、でも……」
「そもそも、なんですか、あなたのその何も知りませんって顔は。
忘れもしませんよ。
君が私を突き落としたんでしょう?」
「僕……?」
「デタラメを言うな! ユリアは何もしていない!」
「デタラメな訳がねぇだろうがよォッ!!」
声を荒げると、それを容易に超える怒声が返ってきた。
オレは息を飲んだ。
前に出会った彼とは何かが違う。
「そこの! クソガキが!! 落としたんだろうが!!
まるで虫けらみたいに……そう――私は落とされた!」
彼は感情的に吠えると、両腕を自身を抱きしめた。
「あああ! 痛い! 痛かったなあ、あれは!」
俯き、ピタリと動きを止め、彼はそのままの姿勢で続けた。
「……どれだけ、私が苦しんだか分かります?
腰から下は粉々! 折れた肋骨が肺に突き刺さって、息が出来なくて!
眼球も潰れちゃって! あは、アレは傑作だったな……
這いずるので精一杯……」
オレはユリアの耳を塞ごうとする。
しかし彼はそれを受け入れず、ジルベールに眼差しを向けた。
胸に不安の種が芽吹く。
ユリアに彼の話を聞かせてはいけない。彼の記憶を……刺激してはいけない。
「ねえ、青年。
他人行儀な顔をしないでくださいよ」
敵の数は、見えるだけでジルベールを含み10人ほど。
少数精鋭で追ってきたとすれば、簡単には逃げられない。
振り切れないとしたら、戦うしかないだろう。
しかし……
「もっと反応してくださいよ!
命からがらにメティスから逃げたのに、
追いついちゃったんですよ? 君たちは絶体絶命なんです。
――怯えろっつってんだろぉがよォッ!!」
「に、げたって……」
ユリアの表情から血の気が引いていく。
彼の記憶と齟齬が出てしまったのだろう。
オレは慌てて彼の肩を掴んで揺らした。
意識をオレに向けるために。
「ユリア、聞かなくていいって言ってるだろ。
あいつが言ってるのはデタラメ――」
「……う」
言葉の途中でユリアは口元を抑える。
次いで彼は身体を二つ折りにすると、激しく背を震わせた。
「ユリア!?」
耐えきれないと言うように、
彼は何度もえずくと身体を丸めて嘔吐した。
形振り構ってはいられない。シロを起こすしかない。
オレは彼に近くにしゃがみ込むと、拳を握り締めた。
――その時だ。
「なんで……?」
地面を呆然を見つめていたユリアが、オレをゆっくりと見上げる。
それから震えるように首を傾げて、言った。
「なんで……バンさん、アイツと寝てるの?」