人狼坊ちゃんの世話係

セシルのカード(2)

 ハルさんは、ピクリとも表情を変えずに言った。

「は……?」

 何て言った?
 ヴィンセントに……死んで、貰いたい?

「ハルさん……? 何を言って……
 じょ、冗談ですよね」

「実はとても困ったことになったんだ」

 悩ましげな溜息を落としてから、
 彼は続けた。

「1月が外に出てしまったんだよ。
 しばらく大人しくしているかと思ったんだけど、
 ままならないものだね」

「1月……? って、まさか――」

「うん。君を死徒にしたヴァンパイアだよ」

 ドクンと心臓が鳴る。

 脳裏に事切れた家族の姿が蘇って、
 ボクは咄嗟に口元を覆った。

「彼は一時期、とてもユリアに執着していて、
 凄く手を焼いていたんだ。
 だから、ヴィンセントの呪いで殺して欲しいと思ってる」

「そ、そんなの、ムリに決まってるじゃないですか」

「どうして? さっき、君は言ったよね。
 僕らにお世話になったから、何だって頼みを聞いてくれるって」

「……言いました。 でも、命に関わることは別です!
 物の貸し借りみたいに、ボクの、だ、大事な人に
 死ねだなんて言わないでください!」

「でも、もう彼、死ぬだろう?」

「……っ!」

 頬の筋肉が引き攣る。
 さぁあっと身体の中から熱が逃げていく感覚。

「人は誰しも、生きた意味を求めるという。
 僕が彼に生きた理由をあげるよ。きっと喜ぶ」

「ふ――  ふざけるなッッ!!」

 知れず、ボクは声を荒げていた。

 どれほど世話になった相手だとしても、
 こんなの怒るなって方が無理だ。

「ヴィンセントの生きる意味は、彼自身が決める!
 それに、まだ死ぬって決まったわけじゃないっ!!」

「死ぬよ。彼の呪いはそれほどに深い。
 だから、僕は彼に手伝って貰おうと――」

「死にません!!」

 言葉を遮るように叫べば、ハルさんは押し黙った。
 ボクを見つめて、不思議そうにしている。

 彼は生粋のヴァンパイアなのだ。
 命の儚さだとか、別れの切なさだとかは、
 きっと、ハルさんには理解できない。
 アイツ……1月のヴァンパイアもそうだった。

「……帰ってください」

 肺の中が空っぽになるような溜息をつくと、
 ボクは言った。

「困ったね。どうしてもダメ?」

「出て行ってください」

 ヴィンセントは死なないと、まだ、そこまで呪いは進行していないと、
 思い込みたいボクに、彼の言葉は鋭い刃物のようだ。

 ユリアの身に危険が迫っていることは、心配ではある。
 けれどこれ以上、彼の話を聞きたくはなかった。

 ボクはハルさんを部屋から押しだそうと手を伸ばす。
 けれど……

「ねえ、どう頼んでも聞き入れてくれない?」

 ボクの手は空しく宙をかいた。
 いつの間にか、ハルさんはボクの背後に回っていた。

「出て行ってください!」

「……なら、予定を変えるしかないね」

 低い声に、背中が粟立つ。
 咄嗟に振り返れば、ハルさんは赤い唇を引き伸ばして微笑んでいた。

 ――違う。彼は微笑んでいたわけじゃなくて……

 フッ、とランプの灯火が消えた。

 鋭い牙が覗がちらりと見えた刹那、
 ボクの意識は、転げ落ちるようにブラックアウトしていた。

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