キャラメル・ショコラ(5)
「だんしょう?」
ユリアが小首を傾げる。
続いて、さぁぁぁぁっと音が聞こえてきそうなほど、
面から血の気が引いていった。
「え……だ、男娼……?」
オレは頷いた。
一拍の沈黙の後、
ユリアの目からボロッと涙がこぼれた。
「す、すみませっ……」
慌てたようにユリアが涙を拭うけれど、
透明な雫は次から次へと溢れ出てくる。
あー……
めちゃくちゃ、ショック受けてる。
こうなることは分かっていたじゃないか。
セシルが来た時も、自分以外とあんな真似は
して欲しくないって言ってたようなヤツなんだから。
オレは涙を拭おうとした手を止めた。
バカ正直に伝えるべきじゃなかったかもしれない。
悪戯に傷つけて、オレは何をしたかった?
過去ごと全て受け入れて欲しいだなんて、オレのエゴでしかないというのに。
「……ユリア、オレは」
「ごめんなさい。僕、僕、何も知らなくて」
ユリアは子供みたいに泣きじゃくりながら、
オレのコトをキツく抱きしめた。
「う、うぅっ……辛かったですよね……っ、
生きるためとは言え……っ」
ユリアの受けたショックは、
オレの予想とはちょっとズレていた。
彼は嗚咽をこぼしながら、
酷い、酷いと繰り返した。
「いや、まあ、辛くなかったとは言わねぇけど……
そんな風に可哀想みたいに言うのは止めてくんねぇかな」
だんだんとモヤモヤしてくる。
相手を傷付けておきながら、
思うことではない。ないとは分かっているが。
オレは……可哀想なヤツじゃない。
生まれ育った町では、そうして生きてる人間が大半だったし、
それで自分を哀れむようなヤツは、いなかった。
それが当たり前だったからだ。
「金がなけりゃ働くのは当たり前だし。
その仕事を選んだのはオレ自身なんだ。
だから――」
「でも、こんな……痕に残るほど傷付けられるなんてあんまりだよ」
「は?」
「体中、切り傷だらけじゃないですか」
ユリアの抱きしめる腕に力がこもる。
ズビズビと鼻水をすすり上げる彼を、オレは引っぺがした。
「いや、誤解だ。傷は傭兵時代ので……」
「傭兵?」
オレは、さっきよりも詳しく職歴を伝えた。
一通り話を聞き終わる頃には、ユリアの涙はピタリと止んでいた。
彼はあからさまにホッと胸を撫で下ろし、微笑した。
「……バンさんがいろんなコト知ってたのって、
そういうことだったんですね」
オレは改めてユリアを見つめた。
「あなたは、やっぱり凄いよ。
僕じゃ想像もつかないくらい……たくさん頑張ってきたんだね」
大きな手が、頬に触れる。
真っ直ぐ見つめてくる優しい眼差しに、顔がカッと熱くなった。
唇が近づき――
「ン……」
そっと口付けられたかと思えば、
ベッドに押し倒される。
「ユリア……」
触れるだけのキスを、2度、3度と続けて顔を離してから、
ユリアは眉根を落とした。
「バンさんは、その……
お客さんとのこととか、覚えてるんですか?
例えば……ええと、つまり……
さ、されて気持ち良かったこと、とか」
「いや、そんなには」
数をこなすので精一杯だったこともあるが、
何より、屋敷に来てからの方が濃厚な日々で、
もうあの時の記憶はすっかり色あせている。
「そっか」
ユリアは短くうなずくと、
オレのシャツのボタンを外し始めた。
「お、おい、ユリア……っ?」
「ねえ、今日はしてもいいでしょ?
メティスに着くまで、
スヴェンさんと同じ宿だったから、ずっと出来なかったし」
「それは、いいんだけど……」
そう言いながら、オレは袖から腕を抜く。
性急に衣類を剥ぎ取られながら、
オレは胸にわだかまる疑問を口にした。
「あの、さ。オレが言うのもなんだけど……
お前、オレのことイヤにらなんねぇの?」
「嫌? どうして?」
「ほら、オレは……お前以外のヤツともこういうことしてたわけだし」
「そりゃ、嫉妬しないって言ったら嘘になるけど、
でも、あなたのことを嫌にはならないよ。
まあ、あなたに触れた人の手を切り落としたいとは思うけど」
「ん?」
今物騒な言葉が聞こえたような?
「だって、あなたを抱いた男の数は、
あなたが家族を守った数でしょう?
それを、嫌だなんて思うわけないじゃないですか。
……相手については、存在を消したいとは思うけど」
また言った。空耳じゃなかった。
「ただ、やっぱり……」
素肌が露わになると、間髪入れずにユリアの唇が落ちた。
「んっ、ん」
「僕以外のエッチな思い出が、少しでもあるのは嫌だから、
上書きはしたい、とは思います」
「上書き?」
「そう。ここ舐めるのも、触るのも、」
ユリアは親指の腹で、胸の突起をクニクニと弄る。
「んぅ……」
「これからは僕だけ。
目を瞑ってても、僕のことだけ感じるように、
他の誰のことも思い出さないように、
僕で上書きするんです。
あなたの体も心も頭の中も、僕だけしか考えられなくなるように……」
ユリアはじっとオレを覗き込むようにして、
乳首に吸い付いてきた。
快感が背を走り抜け、甘い吐息が溢れる。
「出来ないことじゃないですよ?
だって、これから僕とあなたは、永遠の時間を共にするんだもの」
「……いいな、それ。すげぇ、いい」
オレは上ずった声で言った。
「オレ、お前のそういうトコ、好きだよ」
再び唇が重なると、
もう言葉なんていらなかった。
ひたむきな独占欲に、胸の動悸が収まらない。
このまま、丸ごと飲み込まれてしまえばいい。
一心に求めてくるユリアの頭を掻き抱いて、
オレは愉悦の波に、全てを委ねた。