人狼坊ちゃんの世話係

陽だまりと地図(2)

 脳裏を去来した疑問を口にすれば、
 ヤツは感情の見えない表情で、オレを見下ろした。

「それを聞いてどうする?」

 オレは真っ直ぐ獣を見つめ返した。

 こうして、コイツと普通に『会話』をするのは初めてかもしれない。
 いつもは極力、出会わないように避けてきたのだ。

 しかし、今、逃げ損ねたお陰で、腹が据わった気がする。

「……なあ。お前は、何者なんだよ?」

 オレは問いを重ねた。

「何者? 貴様の問いは具体性に欠けるな」

「ずっと疑問に思ってたんだ。お前と、ユリアの関係……
 ユリアは自分の力は人格を持っている、って言ってた。
 だけど、力は……人格なんて持っていない。そうだろう?」

 3ヶ月前――屋敷を半壊させた、黒い異形を思い出す。
 原因を作ったセシルは、『ユリアの人格を深く眠らせた』と言っていた。
 なのに、コイツは現れず、力が暴走した。

 あの時はセシルが何かしらの失敗をしたのだろうと思っていたが、
 しかし、あれは失敗なんかではなく、
 『ユリアの人格を眠らせると、人狼の人格をも眠ってしまう』のだとしたら?

 1つの体に2つの人格があるのではなく、
 ユリアと人狼の人格が同じ――表裏一体の関係にあるのだとしたら。

「なあ。お前は、いつからユリアの中にいるんだ?」

 話しぶりから、多分、獣はユリアと記憶を共有している。

 しかし、ユリアは――今まで話を聞く限り――
 コイツの記憶を勝手に見ることはできない。
 表裏一体だとしても、人格には上下があるのかもしれない。

「貴様は何か勘違いしているようだな。
 あの臆病者の中に、俺がいるのではない。
 俺の中にアイツがいる。
 俺の体を、アイツに貸してやっているのだ」

「貸してる……?」

 オレはユリアと獣の関係を、何か勘違いしているのかもしれない。
 そもそも、ユリアの中に獣が入っているなんて話は……

 思案を巡らせていると、
 再び鉤爪がオレ頭を掴み、上向かせられた。

「……なんだよ?」

「また、俺を消す算段でもしているのだろう?
 俺は貴様が思うより寛大ではないぞ」

「だとしたら、どうする?
 お前はオレのことを殺せないだろ」

「はっ……相手の立場を分からせるのに、殺すなど詮無いことだ。
 それ以上の苦しみを与える方法は、腐るほどある」

「へえ。自分の身を危うくしてまで、
 オレのことを痛めつけようだなんて、いい趣味してるな」

「これだから下等生物は。想像力が貧相だ」

 獣は苛立たしげに鼻に皺を寄せ――
 次の瞬間、オレをデスクに叩きつけた。

「ぐっ……っの、やろっ……何し――」

「また貴様を陵辱したら、アイツはどう思うだろうな?」

「ああっ!? おっ前、またっ……っ!?」

 額を押し付けられたデスクが、ミシミシと悲鳴を上げる。
 喉奥で笑って、獣は続けた。

「もちろん、前回とは趣向を変えるがな。
 ヤツが泣いて悔しがるくらい、とろかして……
 ヤツではイけない体にしてやる」

 背後に獣が回る。
 オレは全力で体を起こそうと、もがいた。

「離せ!」

「ははは、震えている。なんだ、怖いのか」

「オレに、触るんじゃねえ!」

「貴様がどれほど拒絶をしても、チャームには敵わない。
 すぐに自分から腰を振るようになる。分かっているだろう?」

 髪を引っ張られ、広々としたデスクの上に放られた。
 逃げる間もなく、巨躯がのし掛かってくる。

「クソ……離せ……っ!」

「俺の目を見ろ」

 咄嗟に目を閉じる。
 しかし、鉤爪に無理やり瞼をこじ開けられた。

-107p-