人狼坊ちゃんの世話係

うたかたの(2)

 ここ最近、ユリアは幸せが服を着て歩いているみたいな、
 ふにゃけた顔をしていた。

「面白い本、ありました?」

 彼はオレの隣の席に腰を下ろすと、
 机に乗せた自身の手に頬を置き、ニコニコしながらコチラを見上げてくる。

「……集中したいから、1人にしてくれないか」

 ため息と共にそう言えば、ユリアはきょとんとした。

「ええ? どうして僕がいると集中出来ないんですか?」

「そうやって、こっちずっと見てくるからだよ」

「向こうから見てるならいい?」

「いや、変わんねぇから」

 からかわれているのなら『うるせー』とデコピンでもして
 終わらせるのだが、本気だから困る。
 向こうから見ていていいと言ったが最後、
 彼はオレが読書を終えるまで、ずっとそうしているだろう。

 そんなの、気になって仕方がない。
 ただでさえ、1分前に読んだ部分も忘れてしまいそうなのに。

 どう言って書斎から追い出そう?
 思案を巡らせていると――

「んっ……」

 不意を突かれ、唇を奪われた。

「お前な……」

「バンさん、スキだよ」

 気恥ずかしさに狩られて口元を手で覆ったオレに、
 ユリアは爽やかに告げる。

「……オレもだよ」

 軽く応えて、オレは本へ意識を戻そうと試みた。

 しかし、目が文字の上を滑ってしまう。
 唇と一緒に、オレの意識も奪われてしまったように。

「……ったく」

 オレは本日何度目かの溜息と共に本を閉じた。

「ユリア」

「なに?」

 名前を呼ぶと、ユリアの顔がパッと輝く。

 ……ああ、もう。可愛いなあ。

 オレは負けを認めて、柔らかな飴色の髪に手を伸ばした。
 よしよしと頭を撫でてやれば、
 ユリアは心地良さそうに目を閉じる。

「……バンさんの手、気持ちいいです」

「そうか? ゴツゴツしてるだろ」

「確かに鍛えてるって感じの手だけど……
 でも、気持ちいいですよ」

 しばらくそうしていると、
 ユリアに腕を引かれた。

 再び唇に触れる、柔らかな感触。

「ん……」

「ね……キスしても、いいですか?」

 ユリアはオレの額に額をくっつけると、囁いた。

「もうしてるだろーが」

「もっとしたいってこと。ね、いい?」

 真っ直ぐな眼差しは、夏の空のように蒼く澄んでいる。
 オレはその瞳に吸い込まれそうなくらいにキレイだと思う。

「お前って、ホント……甘え上手だよな……」

 瞼を閉じれば、
 ユリアはオレの下唇を唇で挟んだ。

 続いて柔らかさを味わうように、上唇も甘噛みして、
 やがて、舌が忍び込んでくる。

「ン……  バンさん……好き……大好きです……」

 頬を両手で包み込まれ、深く口を塞がれた。
 唾液をたっぷりと絡めた舌先が、歯列をなぞり、
 オレの舌を絡め取る。

「ん……ユリ、ア…………」

 本の香りが満ちた書斎に、
 くちゅくちゅと淫らな水音が響く。

 ほどなくして、オレもキスに夢中になっていた。

「キス、気持ちいいね……」

 唇を離し、ユリアが濡れた下唇を舐めた。

 頬を撫でていた手が、こちらの意思を伺うように首筋をなぞり、
 胸、脇腹、足の間へと移動する。

 欲情はキスだけで、すでに緩く勃っていて、
 さわさわと撫でられると、瞬く間に硬度を増した。

「バンさんのココ、苦しそう」

 ユリアがベルトのバックルを外す。

「……ダメだって」

 ズボンをくつろげようとする彼の手を、
 オレは弱々しく止めた。

「触るの嫌?」

「誰か来たらどうすんだよ」

「誰も来ないよ。
 まだ昼間だし、ちゃんと鍵もかけました」

「だけど……」

「それに、これも」

 ユリアは悪戯っ子のような笑みを浮かべると、
 上着のポケットから小瓶を取り出した。

 中で蜂蜜色の液体がゆっくりと揺れる。
 ――花の種から採取された、オイルの一種だ。

 オレはじと目でユリアを見た。

「……さては、お前。
 するつもりで、オレのこと捜してたな?」

「酷いなぁ。体目当てみたいに言わないでくださいよ。
 僕はいつだって、バンさんと仲良し出来るように、
 準備万端なだけです」

 手を退かされ、ユリアがオレのズボンを寛げる。

「それとも……バンさんは、僕としたくない?」

-100p-