人狼坊ちゃんの世話係

別れの詩(6)

* * *

 ここで僕がいかに相手を減らせるか。
 それがユリアを助けることに直結している。

 そんな決意と共に見つめた先で、
 玄関扉が、鈍い音を立てて押し開かれた。
 黒よりもなお昏い闇に、一筋の月の光が差し込む。

 沈黙。
 何者かが中を窺う気配。

 続いて、足音と鎧のぶつかり合う耳障りな音を立てて人影が入り込んできた。

 先遣隊だろう。まずは30人くらい。
 剣を構え、慎重に歩みを進める彼らに迷いはない。

「……随分と大勢で来たものだね」

 玄関ホールの階段上から下を伺っていた僕は、口の中で呟いた。
 広い空間に人影がバラバラと散っていく。

 夜の匂いが鼻をついた。

 この前、僕がちょっかいを出した時、
 1月は、ケガをして動けなくなった部下たちにキレ散らかしていたっけ。

 あの様子から、人間の部下はもう連れ歩かないだろうとは思っていたけれど、
 これだけの人数を噛んで眷属にするとは少し予想外だった。

 死徒化されているのは第一級処刑官と見える。
 その上、全員が全員、鎧と兜を身につけた徹底ぶりだ。
 目を皿にして探っても、どれが1月かなんてさっぱり分からない。

 ……隙を見て、噛み直すことも考えたが、
 量的に非現実的だろう。

「仕方ないね」

 嘆息と共に、僕は壁の一部を押した。
 すると、天井のシャンデリアが落下する。
 けたたましい音と共に、数人、下敷きになって潰れたのが見えたが、
 大多数は瞬時に危険を察知して、退いた。

「アソコダ!」

 一人が僕に気付いて、声を上げる。

 僕は床を蹴ると、彼らに飛びかかった。
 床の罠が発動する地響きのような音が轟く。
 と同時に、壁のロウソクが部屋の奥から玄関口に向かって点々と灯った。

「ヴァンパイア! ……コロセ……コロス……コロス……!!」

 不明瞭な声を上げて、鎧の男たちもこちらに突進してくる。
 ロウソクの明かりを照り返し、彼らの全身が、手にする剣が、橙色に輝いた。

 僕は紙一重で銀の切っ先を避けながら、
 時を伺う。

 刹那、十数本の太い矢が壁から発射され、鋭い音が宙を切り裂いた。

 身を翻せば、
 目の前の鎧の巨躯が数体よろける。

 避けた者は即座に剣を構え直し、こちらに狙いを定てた。
 その時、部屋に響いていた轟音が止まった。

 跳躍し、僕が天井に張り付いたのと、
 先ほどまでいた場所の床がパクリと開いたのは同時だった。

 その中では鋭い銀の剣が切っ先を上に向けて生えていて、
 男が1人落ちて、深々と剣に刺し貫かれた。

 僕はすかさず天井を駆けて飛び降りると、穴の近くにいた男を背後から蹴った。

 また1人落ちて、赤が舞う。

 僕はその作業を繰り返した。
 処刑官の合間を縫い、振るわれる銀を避けて、
 罠をいくつも発動させ……蹴って、殴って、殴って、蹴り飛ばす。

 足を払い穴へと落とし、飛び交う弓の盾にし、
 落ちてくる鉄球で、正確に頭頂を潰す。

 赤。
 赤、赤、赤ーー……

 床も天井も壁も、真っ赤に濡れていく。
 かなり慎重に避けたつもりだったが、僕のローブも返り血でぐしょりと重くなっていた。

 あらかた先遣隊を処理した隙を縫い、ローブを外す。
 しかし、息をつけたのも一瞬で、新たな客が押し入ってきた。

「さすがに多いね」

 溜息をついてから頬にかかった髪を耳にかけ、新顔たちを眺める。
 それから僕はまた作業を再開した。

 しらみつぶしに罠へかけても、多勢に無勢だ。
 僕を無視し、罠をかいくぐって先の部屋に突進していく者も少なからずいた。

 もしかしたら、その中に1月がいたかもしれない。いなかったかもしれない。
 しかし、考えて、観察して、見つけ出そうとする数秒がもったいない。

 この先にはヴィンセントも、ユリアもいるのだ。

「よいしょっと」

――挟み打ちで、剣を振り下ろされた僕は、
 片方の男の股下をくぐり抜けて、背後を取ると、
 2人まとめて奈落の底に蹴り落とした。

 余計なことは考えない。
 それが命取りになる。

 僕は玄関ホールにいる者をらひとりひとり屠り続けた。
 唯々諾々と、やるべきことに従事するのみだ。

-206p-