シロとユリア(8)
「ねえ、どうして止めるの?
別にユリアが戦ったっていいじゃん」
いつの間にか背後に立っていたセシルが言った。
「……よくねぇよ」
オレは首を振る。
「お前はユリアのこと何も知らねぇから、
そんな風に言えるんだ」
生きることを放棄するくらい、
ユリアは戦うことを拒絶している。
力を憎んでいる。自分を憎んでいる。
そんな彼が戦うことを選ぶなんて、ありえない。
「止めねぇと。
ユリアは戦いたくないんだ」
「稽古を付けてって言ったのはユリアだよ。
何か彼の中で変わったんじゃないの?」
「そんなことありえねぇよ。
そもそも……ユリアが戦う必要なんてないんだ。
アイツの中には人狼がいる。
戦闘に関しては、ヤツに丸投げしちまった方が良い」
そうすれば、嫌なことをしないで済む。
……いや、もうユリアはシロの記憶を見れたのだったか。
それなら、シロが戦おうが、自分が戦おうが同じだとでも思ったのかもしれない。
ユリアは知らないのだ。
自ら相手を傷つけることが、いかに精神的負担になるかということを。
「バン」
思案を巡らせていると、セシルに腕を引かれた。
「本当どうしちゃったの」
庭の端に移動してから、彼はその大きな目でオレの顔を覗きこんでくる。
「変だよ、お前」
「変って、何がだよ。
主人の嫌なことを排除する。
それは世話係として当たり前のことだろ」
「そういうこと言ってんじゃないってば。
キミってそんなに過保護だったっけ、ってこと」
「過保護……?」
「余裕ないっていうか……必死過ぎて、なんか痛いよ。
もしかしてユリアと上手くいってないの?」
問いにオレは目を瞬かせる。
必死過ぎる? ……必死にもなるだろ。
愛する人が傷つくかもしれないのに。
「恋人としてユリアを戦わせたくないと思うのは、変なことか?」
「戦わせたくないだけなら変じゃないけど……なんていうかさ……」
「君の愛は欺瞞に満ちてる」
突如、背後で聞こえた声にオレは振り返った。
「ハルさん……」
セシルの不安げな声が落ちる。
ハルは、夜よりも更に暗い眼差しでオレを見ると口を開いた。
「僕はユリアを愛して欲しいって言ったはずだけど」
「欺瞞? この前、即答しなかったことでそんな風に思われてるなら心外なんだが」
「この前? あんなの関係ないよ。僕は今、君を見てそう言った」
「今?」
「君は、妹や弟にもこんな愛し方をするの?」
「そ……れに関しては、申し開きはねぇよ。
ユリアに対する想いは、家族に対する愛じゃない」
「関係性のことを言っているんじゃないんだよ」
「はあ? じゃあ、何を……」
「ユリアは君のオモチャじゃないって言っているんだ。
君が好きなのは、君自身みたいだね」
抑揚のない声だった。
憎らしいほど言葉がスッと頭に入ってくる。
自身の目元が、ピクリと震えるのを感じた。
「……てめぇにオレたちの何が分かるんだよ。
オレはオレなりにユリアのこと精一杯愛してる」
「愛してない。君は君を好きになったユリアが好きなだけだ」
「人の感情を勝手に決めつけんじゃねえよ!」
思わず声を張り上げて、オレはハルの胸ぐらを掴んでいた。
怒りで鼻の奥がツンとする。
そんなオレに、ハルは目を細めた。瞳に、少しだけ苛立たしさが滲んでいた。
「なら、ユリアを甘やかすのをただちに止めろ。
――君は世話係だろう?」
「……甘やかして、悪いかよ。締めるとこはちゃんと締めてる」
オレは食いしばった歯の間から唸り声を絞り出す。
「ってか……てめぇにだけは言われたくねぇわ。
ユリアが一番キツい時に側にもいなかったくせに。
それで、オレに丸投げしてやり方が気に食わねぇからって説教かよ」
「ユリアを支えなかったことは僕の至らなかった点だ。
申し訳ないと思ってるし、ユリアにも謝った。
でも、僕には僕の事情があった」
「家族以上に大事な事情があるのかよ」
「ある。それが引いては家族のためになるから。
だから僕は君を連れてきた。僕にできない分を君に頼った」
言うと、ハルはオレの手を軽々と振り払った。
「だけど君は僕が思っていたよりずっと弱かった。
……ガッカリだよ」
「お前はオレに何をさせたかったんだよ」
「ユリアを愛して欲しい。前からずっと、それだけだよ」
関係性に怒っているわけでないなら、
ハルは何が気にくわないんだ?
戸惑うオレの胸元を、ハルは指さした。
「君から心臓を取りあげられたらいいのに」
「……っ」
ズッと胸に彼の指が埋まるような幻を見て、ギクリとする。
彼はそんなオレに鼻を鳴らすと手を引いた。
「でも、それはユリアが悲しむからしない。
だから君には……彼の心臓に相応しい『人間』になるよう求める」
「相応しい、人間……?」
相変わらず、ハルは勝手に会話を切り上げると踵を返した。
月の光を照り返して、うっすらと光沢を放つローブが翻る。
「ハルさん。何処かに出かけるの?」
セシルの問いに、彼は小さく頷いた。
「うん。ちょっとね」
それから闇にかき消える。
呆然とハルを見送ると、ふつふつと怒りが再燃した。
納得がいかない。
なんであんなことを言われなきゃならないんだ?
「愛してないって、なんなんだよ」
勝手に決めつけられて、責められて。
挙げ句の果てには、オレは自分を好きだというからユリアを愛してるだと?
「セシル」
オレは背後を振り返った。
「お前も……オレがユリアを愛してないように見えるのか?」
「そんなことないよ。キミはユリアを愛してるでしょ。
ただ……」
「ただ? なんだよ?」
「……これは老婆心なんだけどさ。
ユリアは、キミがいようがいまいが、ユリアなんだよ」
「は?」
何を当たり前のことを。
オレは眉根を寄せた。……そんなことは百も承知だ。
「あっ、稽古、終わったみたいだ。
行くよ、バン」
オレが何か言う前に、セシルは小走りにヴィンセントとユリアに駆け寄った。
一方オレは、動けなかった。
まるで地面に縫い付けられたように、
足が動かなかった。
「ユリアは……オレがいなくても……?」
オレはセシルと話すユリアを眺めた。
当たり前のことなのに、どうしてこんなに胸が苦しくなるのだろう?