人狼坊ちゃんの世話係

キャラメル・ショコラ(3)

 問いにオレは目を見開いた。

「は? 退屈なわけねぇだろ」

「……そうですか。だったら、いいんですけど」

 そうは言っても、全然納得している様子ではない。
 オレは頭をかくと、苦笑を洩らした。

「お前って…………時々、メンドいな」

「う……す、すみません……」    ボソボソと謝って、ユリアはますますデカい図体を縮こまらせた。

 オレはユリアに一歩近づいた。
 それから両頬を抓み上げると、思いきり引っ張った。

「はひっ……バンさっ……!?」

「なんか言いたいことあんなら、言えっての」

「へ……? 言いたいことなんて……」

「最近、お前ちょっと変だぞ。
 何か言いかけて止めたりとか、
 今みたいに、ハッキリしなかったりさ。
 ウダウダされても分かんねぇって」

 ユリアが小さく目を見開く。

「言えよ。なんかあるんだろ」

「な、何もないよ」

「ウソつけ」

「いっ、いひゃい! いひゃいってば……!」

 グイグイと頬を引っ張る。
 意外とユリアの頬は柔らかくて、よく伸びた。

「分かった、言います、言いますからっ……」

「おう」

 手を離す。
 ユリアは両手で顔をさすりながら、視線を逸らした。

「……不安なんですよ」

 ややあってから、彼はポツリと言った。

「うん……?」

「あなたは、外を知ってる。広い世界を知ってる。
 だから、いつか屋敷から……
 僕から離れて、外に戻っちゃうんじゃないかって、不安なんです」

「側にいるって約束したろ。
 それに、外に行く時はお前も一緒だ。だから今があるんじゃねぇの」

「そ、そうだけど、でも……
 僕は何も知らないから、
 あなたに呆れられちゃうと思うと、怖くて……」    肩を落として、ユリアがそんなことを言う。

「何も知らないって。
 お前の方がめちゃくちゃ、いろんなこと知ってるじゃねぇか」

「僕の『知ってる』は本に書かれていることだけですよ。
 ……そんな知識、生きていませんから」

「そうは思わねぇけどな。
 まあ、でも、心配だっつーなら、これから知ってけばいいだけだろ」

 オレは、きょとんとするユリアの顔を覗き込んだ。

「いいか。知らないってことは、知っていけるってことだ。
 これからはオレと一緒に、色んなもの観て、触って、
 食べて、ってするんだよ。今日みたいにさ。
 楽しかったろ?」

「バンさん……僕は……」

「怖いなら、オレの手を離すな。
 大丈夫、ちゃんとエスコートしてやる。
 オレはお前の世話係なんだから」

 手を引けば、ユリアは一瞬、躊躇った。
 オレは強い意志を込めて、無理やり、その手を引いた。

 引かなければならないと思った。

 彼は、オレが離れていくのを恐れているわけじゃない。
 『生きる』ことを恐れているのだと、分かってしまったから。

-125p-