ファミリア・ラプソディア

マグと嫉妬(3)

 地下鉄はそこそこ混んでいた。
 僕らは車内の中央に移動した。リュックを前に背負い直し、吊り革を掴む。

 ソウさんは電車に乗った途端、携帯を見始めた。
 彼を挟むようにして立っていた僕と帝人さんは、所在なく窓の外へと目を向ける。

 何か話さなければならないわけではないが、自然と頭は話題を探していた。

「ニャン太、残念だったね。凄く楽しみにしてたのに」

 帝人さんがいつもの和やかな声で言う。
 僕は頷いた。

「そうですね。また別の日に、マグカップじゃなくてお皿とか作りに行きましょう」

「いいね。そうしようか」

 あ、今日の帝人さんは手袋をしている。

 吊り革を掴む彼の手をチラリと見やった僕は、心の中で呟いた。
 相変わらず、彼の手袋をするタイミングはわからない。

「……ソウはさっきから、というか、ここ最近ずっと何を見てるの?」

 帝人さんが問えば、彼はスマホを見やすいように傾けてくれた。

「これ」

 僕も脇から覗き込む。

 そこに映っていたのは、電動ろくろの制作のコツの動画だった。

「ソウさん……やる気ですね」

「お前はやる気がないのか?」

「え!? そんなことはないですけど……」

 もしかして、不真面目に思われてしまっただろうか。
 楽しそうだな~なんて、ふんわり考えていたけど、確かにみんなで使うものだし、ソウさんみたいにちゃんと予習しておくべきだったかも。

「予習って発想はなかったなぁ。教室で教えて貰えるし」

 帝人さんが応える。

「そうか」

 ソウさんは小さく頷くと、画面に目を戻した。

 沈黙が落ちる。

 僕は悩んだ末に、動画サイトを開いた。でも、陶芸の動画は思った以上にたくさんあって、結局、これ、という動画に出会えることもなく教室の最寄駅についてしまった。

 ソウさんにオススメありますか、って一言聞けばいいだけなのに、なんとなく邪魔したら悪いな、とか考えてしまった。

 帝人さんはいつも通り、本を読んでいた。

 僕は……僕だけが、フラフラした時間を過ごしてしまった気がして、情けなくなった。

* * *

 陶芸教室は不思議と甘い香りで満ちていた。
 先生曰く、土の香りなんだそうだ。

 早速、陶芸教室が始まった。
 まずは先生がお手本に湯飲み茶碗を作ってくれた。

 まるで魔法のような手さばきだった。
 そっと指先を添えるだけで、土は生きてるみたいに自由に形を変えた。
 広がったり、細長くなったり……あまりにも自然で軽やかな動きだったから、僕にでもできるんじゃないかと錯覚してしまう。

 もちろん、現実はそう甘くはなかったわけだが。

「ぜ、全然出来ない……」

 まず、土殺し――ろくろの上で、土を均等にする作業がうまくできない。
 手の中で土が暴れるというか、ただ真っ直ぐ上に持ち上げるだけなのに何故か先端が曲がる。
 変な形になる度に、先生が水を垂らして戻してくれたが、最終的には根元から折れた。

 予習しておくべきだったとか、そういう問題ではないと思う。
 懇切丁寧に教えてくれる教室の先生には大変申し訳ないが、僕は致命的に不器用だった。

「難しいね」

 と、隣で作業していた帝人さんが言った。

「はい……って、帝人さん、上手ですね?」

 帝人さんは手袋をしたまま作業をしているにも関わらず、ロクロの上では湯呑みができていた。

「俺なんてまだまだ。土、全然均等じゃないし……ソウの見てごらんよ、伝くん」

 土から手を離して、彼は奥に座るソウさんを示す。
 僕は目を見開いた。

「えっ……!?」

 たぶん、とても完成度が高い。
 先生も目を見張っていて、本当に初めてですか、なんてソウさんに尋ねていた。

 彼はサクサク3つカップを作り上げた。

 完成した彼のカップは少し厚めで、絶妙に歪んでいた。途中までビシッと真っ直ぐだったのに、最後に彼は3つとも同じように歪ませたのだ。理由を聞けば、

「取っ手を付けると、引っ張られるって聞いたから」

 と、淡白に答えた。

 どうやら、あえてオシャレに歪ませて歪みを隠す、とプロが動画で言っていたらしく、それを実践したらしい。
 予習していたとしても、僕にはそんな芸当は甚だ無理だ。

 僕は何度もやり直し、なんとか形になったへにゃへにゃの湯飲みを見下ろした。

 どうやってもお揃いにはなりえない。そもそも、僕だけ飲み物を注ぐものだと認識できない可能性がある。小皿と言われて、なるほど……?と思うような出来だ。

「あの、帝人さん。十分体験はできたので、僕の分、ソウさんに作って貰ってもいいですか……」

「あはは。同じ事考えてたね」

 僕たちは先生と今後の相談をしていたソウさんを見やった。(この後は、乾かして削って、取っ手をつけて、焼く、という工程が残っている。が、1日でそれは無理なので、残りは先生にはお任せのコースだった)

「ソウ。ソウ」

 先生との話を終えて戻ってきたソウさんに、帝人さんは声をかけた。

「なんだ?」

「俺たちのも作ってよ」

「なんで?」と、ソウさんが不思議そうにする。

「ソウが1番上手だから」

「それは構わないが……」

 いまいち納得していなかったソウさんだが、僕のを見て眉根を寄せ、頷いた。

「わかった。俺が作る」

 良かった。納得してくれたみたいだ。
 ……うん、僕の本当に下手だしな。

 ソウさんは僕と帝人さんの分もサクサク作ってくれた。教室の先生は最後までソウさんが初めてだと信じなかった。

 ひと月後には、5つのお揃いのマグカップと、湯飲みひとつと、よくわからない小皿がひとつ、僕らのマンションに届くことだろう。

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