ファミリア・ラプソディア

紙と水(8)

* * *

「それじゃあ、さっそく始めよっか! さあ、脱いで脱いで!」

 ベッドに腰掛けると、ニャン太さんが明るい声で言った。

「は……はい……」

 一方の僕は死にそうな顔をしていると思う。
 というか、こんなムードもへったくれもないイチャイチャのスタートがあるだろうか……

「……お前な。少しは雰囲気を考えろよ」

 と、類さんが僕の気持ちを代弁してくれた。

「でもさデンデン的には、こう、ちょっと気まずいとこもあるだろうし、明るく楽しくした方がいいかなって!」

「明るく楽しく……」

 僕はベッドサイドにズラリと並んだオモチャを見て顔を覆う。
 これからあれ全部試すのか。……何でこんなことになったんだっけ?

 ニャン太さんが僕の頭をよしよしと撫でる。
 手をどかせば、すかさず唇を塞がれた。

「んっ……ニャン太さ……」

 そのままベッドの押し倒される。

「それに、雰囲気なんて始まっちゃえば自然についてくるって」

 チロリと下唇を舐めて、彼はシャツを脱ぎ捨てた。
 鍛え抜かれた身体が露わになる。

「まあ、それもそうか」と、ついで類さんに口付けられた。

「ん、んんっ、んむぅ……はっ、類さ……」

 ザラついた舌が口中を這う。
 彼の節張った手がシャツのボタンを外していく。

「ぷはっ……」

 僕はふたりと交互にキスをした。
 それだけで身体は熱を持ち、部屋の中に淫らな空気が満ちていく。ニャン太さんが言った通りだ。

 素肌に類さんの手が触れた。
 ニャン太さんがズボンの上から下腹部をさわさわと撫でてクスリと笑う。

 ふたりは示し合わせたかのように、僕の顔中に唇を押し付けてきた。

「デンデン、お尻持ち上げて」

「は、い……」

 あっという間に、僕だけ裸にされてしまう。
 恥ずかしくて足をモジモジさせていると、類さんがベッドサイドに手を伸ばした。

「じゃあ、まずはこれとこれな」

 ひとつは明らかにアダルトグッズとわかる白物だった。ドギツイピンク色のそれはボールが連なっていて、手持ち部分に近づくほどその球体は大きくなっている。さすがに僕でも用途はわかった。
 しかしもう一つはよくわからないものだった。
 ドライヤーの取っ手部分のような形をした、青いタワーだ。かなり大きく30センチほど、太さは手首くらいある。
 スタイリッシュな形をしていて、パソコンとかの周辺機器っぽい。

「それは……?」

「ホールだって。全然アダルトグッズに見えないよね~」

 つまり、前に被せるものらしい。

「お、大きくないですか……?」

「全自動なんだとさ」

 言って、類さんがそれのスイッチを入れた。
 その途端、

 ぎゅるるるるるるっ!

「ひぇっ……」

 青いタワーの中から物凄いモーター音がして、僕は息を飲む。

「……ちょっと音デカいな。これじゃ集中できねぇだろ」

「これヘッドホン付けてやるんじゃない?動画見ながらとか。……あ、ほら、エッチな動画と連動するって書いてある」

 床に投げ捨てていた箱を拾い、商品説明を眺めながらニャン太さんが言う。

「なるほどなぁ」

 類さんは興味深そうに頷いてから身体を起こした。
 次いで、ちょっと上の方に移動してから、僕の耳をくすぐった。

「伝、耳塞ごうか」

「ついでに目隠しもしちゃお!」と、ニャン太さんがベッドから飛び降りると、類さんのデスクの引き出しから、アイマスクを取って戻ってきた。

「そうした方が1点に集中できるし」

「か、噛み千切られたりしません……?」

 心細さに震えれば、類さんが苦笑をこぼす。

「ありえねぇって」

 それから、ぎゅるるる!っと鳴る青いタワーの底に指を挿し入れた。

「ほら。中、ヌプヌプして気持ちいい……かは、わかんねぇけど、まあ、指は全然平気だ」

 彼は挿し入れる指を2本に増やして、中をグリグリと弄るようにする。その仕草が、いつもの指使いと重なって、下腹部がズクンッと震えるような気がした。

 類さんがスイッチを切った。恐ろしい音が止んだ。

「デンデン、目、閉じて」

「は、はい……」

 目元にアイマスクを装着された。
 視界が真っ暗になり、耳を塞がれる。
 周囲の音が完全に消えることはなく、その触れている手のぬくもりに少しだけ恐怖が安らいだ。

 ぐちゅうっと、水音。
 ホールにローションを注入したのだろう。

「いくよ~。リラックス、リラックス♪」

 サワサワと内股を撫でられ、僕は震えながら頷く。  そして――

「……っ!!」

 大きな水音を立てて、半勃ちだった肉竿がホールに埋まった。
 中はヌルヌル、フワフワしていてとても気持ちがいい。所々に柔らかな突起が付いていて、敏感な先端部分を優しく撫でてくる。

 ほぅっと甘い吐息を漏らしかければ、

 ぎゅるるるるるるるる!

 ホールのスイッチが入った。

 ……目の前が に火花が散る。
 優しげだった突起が豹変し、最も敏感な部分をバチバチと往復ビンタされた。

 もちろん痛いわけではない。が、

「どう? デンデン。音、気になる?」

「やっ、あっ、あぁっ、はげしっ……あぁぁあっ!」

「音……は、気にならないみたいだな」

 先端を物凄い勢いで吸われ、それに激しいバイブレーションが加わる。局所的に激しく揺さぶられ根本にわだかまった欲情が振動で沸騰したかと思った。
 ガクガクと足が震える。アイマスクに涙が滲む。

「あっ……あぁっ、あっ、やっ、止めっ……イッ……!」

 初めての刺激に背がしなる。
 じわりと足の間にローションとは違う生温かなものが垂れ落ちてきて、僕は自分でも知らないうちに果てていた。

 しかし、激しい駆動は止まらない。

「ぅ、うう、とめ、止めてくださっ、んぁ、あぁっ……っ!」

「え……デンデン、もうイッちゃったの?」

「イッ……ぃ、イッた、イキましたっ……だからっ……」

 ちっとも外してくれる気配がなくて、僕はたまらず悲鳴を上げた。
 射精とは違うナニカが身体の底から湧き上がってくる。今すぐこの快楽の嵐から逃れなければ、それが溢れ出てしまう。

 僕は、音を立てるタワーをどかそうとした。
 しかし、ソレに触れる前に手を掴まれてしまう。

「あ、何でっ……手、離して、くらはいっ……」

 焦燥感が身体の中で暴れていて、前後不覚に陥った。
 とにかく、この快楽から逃れたい。ああ、でも、このままいけるとこまでいってみたくもある……

「類ちゃん……ごめん。ボク、止めたくないかも」

「……俺も」

 ピッと股間の辺りで電子音がした。
 ぎゅるるる!という音が、ぎゅっぽっぎゅるっぽっ!という不規則なものに変わる。

 先端を左右に振り回すものから、根本から絞るような動き。裏筋の辺りを重点的に振動させられ、息が詰まる。

 ぎゅっぽ、ぎゅるっぽっ、ヴヴヴヴ、ぎゅっっっぽぽっ!

「ふぇあ、な、なんか動き変わっ……ひゃあああっ!」

「足開いちゃって……そんなに気持ちいいんだ?次はお尻も気持ちよくなろうね」

「ふ、ぐっ」

 ヌルついた指が挿し入れられたかと思えば、的確に快感のスイッチをトントンと優しく叩かれる。
 そこを刺激しながら、時折、指先は中の粘膜にローションを塗り込めるようにゆっくりとうごめいた。

 焦れったくて、僕は意味もなく首を左右に振った。
 気遣いが恨めしい。
 そんな風に丁寧にしなくていいのに。無理やり捻じ込んで欲しいのに。

「ニャン太さ……いらない、解さなくて、いいからっ、いれ、挿れてくださいっ」

「泣いてんの? 伝……」

 アイマスクが外されて、類さんの整った顔が視界一杯に広がる。

「んっ、んむっ、んぅうっ」

 口付けられて、僕は夢中で彼の舌を吸った。
 飲み下しきれなかった2人分の唾液が口の端からこぼれる。

「んっ、んっ、んんっ、あっ、あぁっも、わけわかんな……」

「そろそろ、お尻もいけそうだよ。挿れる?」

 僕はキスをしながら何度も頷いた。
 はしたないとか思う余裕もなくて、とにかく切なさから解放されたかった。

 ヌプン、と球体が中に潜り込んできた気配。

「ひぐっ」

 続けざまに、ヌプヌプと中が満たされていって、穴口がどんどん押し広げられていく。

 肉道が激しく震えていた。
 その度に、中でボール同士がぶつかってゴリゴリと敏感な粘膜を刺激してくる。

「ィツ、いっちゃ……ぁ!」

 頭の中が真っ白になる。
 何だかわからないものが噴き上がって、お尻の下まで濡れたのがわかった。

「ご、ごめんなさっ、ぁ、ああっ、い、イクの、止まらなっ……あ、ふぁあっ、あっ」

 類さんの唇が胸の飾りを甘やかに噛んだ。

「ち、乳首ダメですっ、今、触らないでくださっ……」

「なんで? 触ってって膨らんでるのに?」

 舌先で突かれる。下から上に弾かれ、ちゅっと優しく口付けられる。
 ピクンと身体を震わせれば、続いて、ちゅううっと強く吸い上げられ、背中がしなった。

「あぁぁっ!」

「かーわいい声……」

「ん……さっきからイキっぱなし」

 唇を塞がれる。
 でも、もうどっちとキスしてるのかもわからない。
 舌の表面を擦り合わせる。
 身体がドロドロにとろけて、自分と世界の境界があいまいになっていく。
 心細くて手を握れば、どちらかに手を繋がれた。僕はそれに指を絡めた。

 今、キスしてるのはどっちだろう。

 ふたりは本当に同じキスをする。
 それだけ一緒にいて、キスを重ねたんだなと、散り散りになっていく意識の中で思う。

 ……どれくらい時間が経ったんだろう。
 もう外は朝だろうか。意外と一瞬のような気もする。

 僕はぼんやりとベッドに身体を投げ出していた。イキ過ぎてもう指先ひとつ動かない。
 頭にもやがかかっている。

「最後の試してみるか」

 類さんが言った。

「ぅ……まだ、オモチャあるんですか……?」

「ええとね、むしろ今までのは全部オマケっていうか」

「あんたが使いたがってたコレ……できるだけ脱力してた方がいいからさ」

 ぼやぼやした視界に示された、黒くて細いもの。
 それは、類さんが手の内で弄んでいた――用途不明のビョンビョン棒だった。

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