紙と水(7)
* * *
椅子に座って何やら黒く細いものを指先で弄ぶ類さんは、見るからに消沈していた。
『バレたら、あの人、めっちゃ落ち込むと思います。なんで取り扱い注意で』
コータくんさんの言葉が脳裏を過り、自分を殴りたい衝動に駆られる。
どうしよう、なんて言えばいいんだ? 僕は本当にとんでもないことをしてしまった……
俯き、息を潜める。ここは謝るしかない。だが、ニャン太さんもいるし下手なことは言えない。
言葉を探していると、彼は口を開いた。
「ごめんな、満足させられなくて……」
「へ?」
思わぬ言葉に顔を持ち上げる。
彼は手の中の黒い棒をビョンビョン弾きながら大きな溜息をこぼした。
「ちょっとちょっと。なんでそんな落ち込んでるの」とニャン太さん。
「だってさ……つまりは欲求不満だろ……」
……ん?
僕は目を瞬かせる。
類さんは秘密がバレたから落胆しているんじゃないのか?
僕は悄然とする彼を改めて見つめた。
演技……をしているようには見えない。
え? あれ??
「本当、情けねぇよ……俺ばっか、いつも気持ちよくなっちまってて……」 「そ、そんなことないですよ!? 僕だって、その…………き、気持ちよくなってますが……っ!?」
「更に気ぃ使わせちまったな……ごめん……」
ガックシと肩を落とす類さん。
それを励ますように、ニャン太さんが鼻息荒く言う。
「何でそんなマイナスに考えちゃうかな。類ちゃんとしたら、前よりも身体がエッチになっちゃったんだよ! ボク、身に覚えあるし!」
「……そういうもん?」
「そ、そうです! エッチになってしまいましたっ!」
何を言ってるんだろうと思わないでもないが、ここで否定してはならない気がする。
事実、前よりも随分と身体は敏感になってしまったし。
類さんは押し黙ると再び手の中でビョンビョンと黒い棒を弄んだ。
束の間の沈黙。
「……そっか」
やがて、彼はフッと吐息をこぼした。
「悪かったな。プライベート、暴くような真似しちまって」
「い、いえ……」
「ただ、その……さっきニャン太とも話したんだが、オモチャのこと知っちまったし無視できねぇっつーか。ケガされても心配だからさ……初めての時だけ俺らに任せて貰うじゃダメか?」
「ま、任せる……?」
「だってさ、これとか……ひとりだと、たぶんキツいぜ」
彼は苦笑しつつ手の中の黒い棒を示す。
僕は眼鏡を持ち上げてから、目を細めてそれを見つめた。
長さは30センチくらいだろうか。手のひらよりも一回り大きく、太さは1センチもないように見える。材質はとても柔らかそうで、棒の部分はらせん状になっていた。
「そ、それは……?」
何に使うんだ。 知らない。知らないけど、なんか怖い。
――というか。
「あ、あの、類さん……」
「ん?」
それ、あなたのじゃないんですか? 前々から欲しがっていたのでは……?
そんな疑問はすでに希望に成り果てていた。
何故なら、僕の脳は今更もうひとつの可能性を示していたからだ。
すなわち、コータくんさんに嘘をつかれていた可能性。
僕は唇を引き結ぶ。
コータくんさんに嘘をつかれていた場合、託されたアダルトグッズは類さんのものだと思っていました、と白状すれば、彼がこういったものを買うのだと思っていたことになる。
別にそれ自体は悪いことではないが、彼がそれを心外だと思う可能性はゼロではない。
たぶん、これらのグッズは特殊な性癖に分類されるはずだし。
いや、ワンチャン彼なら笑い飛ばしてくれるかも。だがしかし、性的なことはとてつもなくデリケートなものだから安易に考えない方がいいだろう。
それにグッズが100パーセント彼のものではない、という確証もない
「やっぱ、プライベートに踏み込まれるのイヤか?」
黙り込んだ僕に、類さんが心配げに問う。
僕はブンブンと首を振った。
「そ、そんなことはっ、ないですけどっ……」
どうする? コータくんさんに頼まれたと言うべきか?
類さんの秘密だと信じて、嘘をついたと告白すべきか!?
「あ、あの――」
「はいっ、じゃあサクサクッと準備しよ!」
口を開いた瞬間、ニャン太さんが手を打ち鳴らした。
「待てよ。今、伝に確認してる最中だろ」
「類ちゃん。こういうセンシティブなことに関して、質問を重ねるのはナシだよ」
「そりゃそうだけど意思確認は大事だ」
「デンデンは、プライベートに踏み込まれるのはイヤじゃない、って言ったでしょ。それだけで十分じゃないの? それ以上の確認はしつこいと思う」
「う……」
類さんが気まずそうにこちらを見る。
僕はぎゅっとズボンを握り締めた。
たぶんコータくんさんが言ったことは嘘だろう。
だからと言って、今更、その話を持ち出したとしてどうなるものでもない。自分で使うつもりはないとこの場でグッズを捨てても、彼らは「捨てさせた」と思ってしまうんじゃないか。
それに、僕は真実、類さんにプライベートに踏み込まれても構わないと思っている。
え……エッチなことをするのも好きだ。オモチャなんておまけでしかない。
「し……しつこいとは思わないですけど……でも、ニャン太さんの言うことも一理あるというか。僕は……その、類さんに……もっと、踏み込んで……欲しいと、思ってますので……」
なんとか声を絞り出す。
類さんの頬に朱が走るのを見て、僕はドキリとした。
「デンデン。ちょっと部屋入るね」
と、ニャン太さんが踵を返した。
戻ってきたかと思えば、彼は腕にアダルトグッズを山と抱えていた。
彼はドサササッとベッドの上にそれらを放った。
僕はひぃぃぃぃぃぃっ! と、声にならない声を上げた。
「これで全部で合ってる?」
「…………は、はい、たぶん」
「だいぶ買い込んだな……。ごめんな。俺、最近仕事ばっかだったもんな……」
類さんが悲しげに呟く。
「ちがっ、だから、そんなことはなくてですねっ……!?」
椅子から立ち上がった彼は、僕の頭をよしよしと撫でた。
それから気合いを入れるように、バシッと自身の両頬を手で叩くと言った。
「ちょっと今日で挽回させて」
彼はベッドに向かうと、腕を組んで真剣にグッズを見下ろした。
そんな類さんにニャン太さんが問う。
「シートと……あと、一応タオルも敷いとく?」
「そうだな。そっちのが伝も気にしないで済むだろうし」
バタバタと部屋を出入りするニャン太さん。
ふたりは忙しなくシートを敷いたりとベッドをセッティングしていく。なんだか準備が大がかりだ。
「あ、あの、そんなに用意なんてしなくても……」
「あんた気にしいだからさ。こうしといた方が気分も楽だろ」
一体、これから何が始まるというのか。
「とりあえず、今日だけで使えそうなの選んでこっか♪」
「そうな」
ベッドを整え終わると、ふたりはオモチャの吟味を始めた。
「これとそっちのディルドは絶対入らないね。挿れるなら結構拡げないと」
「却下。拡張は絶対しねぇ」
……凄く怖い話をしている。
「あ、ああ、あの……シャワー浴びてきていいですか……」
今にも逃げ出したい気持ちに駆られて、僕は片手を挙げた。
「もちもち。準備してきてー」
和やかに応えるニャン太さん。
僕はすごすごとその場から離れる。
「順番どうしよっか?」
「これから始めて……この辺は同時ってとこだな。あ、ブジーは後の方で。力入っちまうと痛いだろうし」
「そうだね」
ぶじー? ぶじーってなんだ?
疑問符を浮かべつつ、僕はふたりの会話を遮るように扉を閉めた。
それから、しばらくお手洗いにこもって思案に暮れ、結局シャワーを浴びると類さんの部屋に戻った。
……まな板の上に放られた鯛の気持ちがわかるような気がした。