ファミリア・ラプソディア

紙と水(6)

* * *

 想像以上に、僕は疲れきっていたらしい。  マンションに戻ると、みんなへの挨拶もそこそこにベッドへダイブした。  店からマンションまでどうやって戻ってきたのかすら、あやふやだ。  コータくんさんから頼まれた紙袋を類さんに渡さなくてはと認識はしていたが、彼は仕事中のようだったし、とにかく眠かった。

 30分だけ……そう思いつつ目を閉じれば、意識がもの凄い速さで遠のいていく。  やがて、ふ、と瞼を持ち上げた僕は時計に目をやり飛び起きた。  0時を過ぎていたのだ。

「っ……!!」

 寝過ぎた。  幸い、類さんのことだ、まだ全然起きているだろう。  僕は寝ぼけ眼を擦りメガネを付けると、デスクの上に置いていた紙袋を抱きかかえて急いで部屋を後にしようとした。

 その時――床に放置していた本の山に思い切り足をぶつけた。  厚い辞典が崩落し、容赦なく足の小指目掛けて落ちてくる。

 咄嗟に避けた。  が、変な風に体が傾いだ。  僕は口の中で小さな悲鳴を上げて、盛大にスッ転ぶ。

 ドシンと重い音が立ち、部屋が揺れた。  紙袋の中身が音を立てて床を滑った。

「い、たた……」

 やらかした。頼まれたものを床に放ってしまうだなんて。

 僕は慌ててとっ散らかった箱を集めようとして――固まった。  紙袋の中身は思いもよらぬものだったのだ。

「大丈夫!? 凄い落としたけど!?」

 ノックもなく、勢いよく部屋の扉が開いて、ニャン太さんが顔を覗かせる。  ついで、なんだなんだと帝人さんとソウさんもやって来た。

「だ、だだだ、大丈夫ですっ!!!」

 僕は裏返った声を上げて、散らばった中身をかき集めるとそれらを隠すように身体を伏せた。  しかし全てを隠すことなどできず、扉付近まで飛んだ小さな箱をニャン太さんが拾い上げる。

「デンデン、これ……」

 僕は恐る恐る顔を上げて、口をパクパクさせた。  彼が手にしたのは、見たこともないような――エグい形をした大人のオモチャ。

「あ、あの、それはっ……!」

 僕のじゃありません、と口走りそうになってハッとする。

 そうだ。コータさんに言われてたじゃないか。  これは類さんの秘密だって……!  僕のものじゃないとなれば、じゃあ誰の?となる。そうしたら説明する必要が出てきて、僕では誤魔化すことはできないだろう。

「なんだそれ?」とソウさん。

「ええと……」

 帝人さんが困ったようにする。

「……す、すみません、片付けようとして、その、ばらまいてしまって……あの、返して貰っても?」

 僕は無理やり微笑んで、ニャン太さんに手を差し出した。  けれど彼は箱を自分の方に引っ込めた。

「……どうしたの、これ?」

「そ、その、ですね……きょ、興味があるって話をしたら、あの、ええと、コータくんさんがお店に連れて行ってくれて……か……買い漁ってしまいました!!」

 もうヤケクソだ。

 ニャン太さんは僕をまじまじと見た。

「デンデンってエッチいこと興味あったんだ?」

「そりゃあ、あ、ありますよ!男の子ですからねっ!」

 全力で肯定した。

 3人が呆気に取られた空気を感じたが、もうなりふり構ってはいられない。  とにかく、とにかく、類さんの秘密を守らないと。

 静寂が落ちた。  しばらくして、ニャン太さんはちょっと照れくさそうに笑った。

「えへへ。そうだよね、男の子だもんね!」

 僕はコクコクと何度も頷く。

「全然気付かなかったよ~! もー。このムッツリ!」

「は、ははは、はは……」

 ニャン太さんがしゃがみ込んで、僕の額を指先で突く。  僕はさりげなく散らばった箱とかを脇に寄せながら、身体を起こした。

「そ……それでですね……このことは見なかったことに、してくれませんか」

「もちろんだよ」と帝人さん。

「なんで?」と首を傾げるソウさんに、彼は、

「とてもデリケートな問題だからかな……」とありがたい説明をしてくれる。

 この流れなら、なんとかなりそうだ。  そんなことを思ったのも束の間、

「……見なかったこと、にはできないかな」

 しばらく何か考え込んでいたニャン太さんが、左右に首を振った。

「えっ!? な、何でですか!?」

 帝人さんが言うように、とてもデリケートで、プライベートな問題だ。  ニャン太さんなら理解してくれると思ったのだが……もしかして、類さんのだと気付いてしまったのだろうか?  いや、それなら尚更、彼なら見ないフリをしてくれるはず。

「ちょっとごめんね」

 戸惑っていると、彼は僕の下からとびきり大きな箱を引っ張り出した。

「わ、ちょっ、ニャン太さっ……」

「……うん。やっぱりこれは見過ごせないよ。デンデン、ちゃんと調べて買ってきた?」

「調べる?」

 心配そうに小首を傾げる彼に、僕も同じようにする。  彼は深く頷くと続けた。

「これとか絶対入らないよ。あと、こっちのはひとりでやるのは危ないと思う。まあ、細いのなら不可能じゃないとは思うけど、誰かにやってもらった方がいいかな……ケガしちゃうかも」

 彼は箱を次々僕の下から引っ張り出して言う。  真剣に吟味するニャン太さん。  僕は唖然としてその様子を眺めた。

 類さんに渡すもの、とは気付かれていないようだが……何に使うんだ、あれ。

 僕の理解を超えた品物がいくつかある。  と、彼は突然立ち上がった。

「……ちょっと待ってて。類ちゃんに相談してくる!」

 ニコリと微笑んで告げられた言葉に、僕はギョッとした。

「えっ!? いやっ、そ、それはっ……!」

「大丈夫、大丈夫。ボクと類ちゃんのふたり体制で、しっかりデンデンのしたいこと叶えてあげるからっ!」

「いえ、叶えて欲しいわけじゃなくてっ……」

 なんとかこの場はなかったことにして、後でこっそり類さんに渡そうと思っていたんです!とは言えない。  ニャン太さんが突撃してしまったら、僕が彼の秘密を知ってしまったことがバレてしまう。

「まっ、待ってください!」

 僕は帝人さんとソウさんを押しのけて、彼を追った。  が、伸ばした手は虚しく宙をかく。

「照れなくていいからね♪」

「照れてるんじゃなくてっ……ニャン太さん! まずは話し合いましょう! 対話! 対話が必要かとっ……」

 彼は任せておけ、と胸を張って類さんの部屋に飛び込んだ。  僕はなす術もなく、その場にへたり込む。

 類さんに何て言えばいいんだ?  僕が僕のために買いました、と言い張っても彼は絶対に気付く。  ……僕は類さんを傷つけてしまう。

「で、これは何なんだ」と、背後からソウさんの声が聞こえた。

「ええと、何て説明したらいいかな……」

 困った風の帝人さんが応える。  辺りがしんと静まり返って、類さんの部屋の中で話し合う気配がした。やがて、

「伝」

 部屋の扉が開き、中から類さんが僕を呼ぶ。

「は、はい!?」

 僕は犬に吠えられた猫みたいに怯えながら、重たい足を引きずって彼の部屋に向かったのだった。

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