ファミリア・ラプソディア

紙と水(2)

「こいつ、ニャン太の店のバイト1号」と、類さんがピアスの男性を紹介してくれる。

「また構成員増えたんすね」

「構成員ってな、お前……ヤクザじゃねぇよ」

「こんにちは。洞谷伝です」

 頭を下げれば、彼はタバコの灰を灰皿に落とした。

「俺はコータっす。コータでも、コウくんでも、ゴミでもクソでもブタ野郎でもお好きなように呼んでください」

「え、ええと……それじゃあ、コータくんで」

 年は同じか、下に見えたので無難な呼び名を選ぶ。というか、初対面で後半の呼び名を使う相手がいるのだろうか……?

 そんなことを思っていると、彼は突然眉根を寄せた。

「待って。あんた何歳?」

「23ですけど」

「いつ誕生日?」

「3月12日です」

 不思議に思いつつ応えれば、彼はやれやれと大仰に溜息をついた。

「さっきは好きに呼んでって言いましたけど、僕のが年上だったんでやっぱサン付けてください。目上の相手には礼儀正しく。これ、社会で生きてく常識でしょ」

「す、すみません。ええと、コータさん」

 確かに、見た目で判断するのは良くなかった。
 僕は慌てて言い直す。

「……」

 すると彼はきょとんとした。
 思わぬ反応に僕も戸惑ってしまう。

「あの……?」

 彼はスパスパタバコをふかした。やがて首を振った。

「コータさんっていうのは、ちょっと……。恋人みたいでイヤっすね。ゾッとしました」

「じゃあ、どうすればいいんですか!?」

「コータくんさんでいきましょう。数ヶ月しか年変わんねぇし」

 真剣な様子で言う彼に、僕は全身から力が抜けるような気がした。

「……はあ、わかりました」

 そんな僕らのやり取りに類さんがクスクス笑う。
 と、コータくんさんは類さんにタバコの箱を差し出した。

「あ。ハーレムさんもタバコ吸います?」

「ありがと。貰うわ」

 トントンと叩くと、タバコが1本箱から飛び出す。
 それを気さくな様子で受け取ると、類さんはタバコを口にくわえた。

「メガネくんは……一本、60円ね」

 類さんのタバコに火を灯しながら、コータくんさんが言う。

「僕からはお金取るんですか!?」

「だってアンタにタバコやっても僕に1円も得ないでしょ」

「……類さんにあげたら、得があるんですか?」

 訝しげにすれば、彼は深々と頷いて類さんを見た。

「あるでしょ。麗しい」

「イミわからん」と類さんが吐き捨てる。

 でも、僕はちょっとコータくんさんの言わんとしていることがわかった。

 だってタバコを吸う類さんは色っぽい。
 タバコの持ち方だとか、煙を吐き出す仕草とか、やけに堂に入っているし。

「はぁーあ。今日はシャッターの掃除から仕事かー面倒くせ」

 すっかり短くなったタバコを灰皿に押しつけて、コータくんさんが立ち上がった。
 それから携帯灰皿を類さんに差し出す。

 その時、ニャン太さんがやって来た。

「おつおつ~、コウく……」

 ニコニコと人好きする笑みで手を振った彼は、類さんを見るやいなや、突然血相を変えた。

「ちょっと!!なんで類ちゃんにタバコ渡してんの!?やめろっつったじゃん!」

「あー、サーセン。忘れてました」

 ニャン太さんは掴みかからん勢いで走り寄ってくる。それに類さんが答えた。

「俺がくれつったんだよ」

「……やめてよ。ボク、類ちゃんがタバコ吸うの嫌い」

「紙でも水でも同じでしょーに」

 悲しげにするニャン太さんに、コータくんさんが事もなげに言う。

 ニャン太さんは押し黙った。
 それに、類さんは苦笑をこぼすと彼の肩を軽く叩く。

「ごめんって。配慮足りなかったわ」

 灰皿にタバコを押し付けようとする。
 それをコータくんさんが慌てても止めた。

「あー、待って。僕、残り吸いますから。もったいねーし」

「ええ……マジかよ……」

 類さんからタバコを取り上げて、コータくんさんは美味しそうにそれを口にくわえた。

「間接ちゅう。なんつっ……」

 言葉は途中で「いでぇっ!!」と悲鳴に取って代わる。
 ゴスッとニャン太さんが彼の脇腹に肘鉄を食らわせたのだ。

「根子さん!? 今、肋骨折れたかと思ったんすけど!?」

「手加減してるに決まってるでしょ。これから仕事なんだから」

「え、ナニソレ、仕事なかったら折られてたんすか? マジこえー……」

 ニャン太さんが店の裏から、シャッターの落書きを消す機材を持ってくる。
 彼はひとことも喋らず黙々と落書きを消すと、店を開けた。

 ……そういえば、帝人さんも隠れて吸っていたっけ。
 僕は類さんの誕生日の時のことを思い出す。

 ニャン太さんはどうしてそんなに紙タバコが嫌いなんだろう?
 彼のお姉さんは普通に吸っていたし、匂いが……とかそういうのが問題ではなさそうだ。

 『ボク、類ちゃんがタバコ吸うの嫌い』

 なんとなくその言葉が頭に残った。

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