バカと恋わずらい(2)
* * *
新宿駅を出て、ロータリー前で立っていると待ち合わせ時間ピッタリに将臣はやって来た。
「よお、伝」
半年ぶりに会った友人はどことなく大人びていた。
ワイシャツが板に付いているというか、軽く手を上げる仕草も大学生の頃とは違って見える。
彼は僕を見下ろすと、一瞬目線を外した。
それから、いつものニヒルな笑みで僕の髪を乱暴にかき回してきた。
「お前、相変わらずしけたツラしてんなぁ。今日は誰が死んだんだ?」
「誰も死んでない。元からこういう顔だよ」
「そうだっけ? 悪い、久々で忘れちまってた」
彼はケラケラ笑うと歩き始める。僕はその隣を大股で追いかける。
「今日は焼き鳥食うぞ。先輩に超うまい店、教えて貰ったんだよ。学生が行くには、かーなーり高いトコだけど、まあ今日はオレが奢ってやるから」
「いや、自分で払うよ」
「はあ? 払うって……なんだよ、いっちょ前にプライドなんて持ってんの? そういうのは借金返し終わってから言うもんだろ」
「借金って……奨学金だけど……」
「世間的には同じだよ。金借りてんだから」
きょとんとして言う彼に、僕は肩を竦めた。
「……そうだね。ごめん。ご馳走になるよ」
「おう。学生なんだから社会人さまに甘えとけ」
ああ……久々だな、この嫌な感じ。
身体に薄いモヤのようなものがまとわりついてきて、息苦しくなる。
ここ最近、忘れかけていた感覚だ。
僕は来て早々……彼の誘いを断らなかったことを後悔した。
* * *
連れて行かれた焼き鳥のお店はとても活気があった。
客層は40歳くらいのサラリーマンばかりで、なんだか良さげなスーツを着ている。店員さんたちは凄く大きな声でやり取りをしていて、何か注文が入る度に僕はビクリとした。
「なに食べる?」
と、メニューを開いて将臣がニヤリと笑った。僕は、メニューと彼を交互に見た。焼き鳥は目が飛び出るほど高かった。1本のクシが、僕の知る店の盛り合わせ分くらいある。
「好きなの食べていいぞ」
「お……お任せで」
「じゃあ、左から全部な」
「え!?」
「だってオレ、お前の好きなもん知らねぇし」
「いや、それはっ……」
「残さず食べろよ」
そんなに食べられないと訴えても、取り合ってはくれない。
僕は日本酒で舌を湿らせながら、気が気じゃなかった。ザッと計算しただけで冷や汗が噴き出る。
「……んで、お前。何で急に寮出たんだよ? 大学残ったヤツも何人かいたのに」
まさか彼と友人たちの会話を耳にして傷付いたから出ました、とは言えない……
「……一人暮らししたかったんだよ」
躊躇いがちに答えると、彼は意外そうに眉を持ち上げた。
「連れ込む恋人もいねーのに?」
「そういうんじゃないよ。寮って結構お金かかるしさ」
「お前バカだろ。囓れる脛があるなら、囓っとけばいいのに。あ、もしかして実家からの仕送り止まった? まあ、今にも潰れそうなあんなコースに進学したヤツに金払っても、何の投資にもなんねぇしなぁ」
焼き鳥が運ばれてくる。
僕はクシをひとつ手に取ると、肉を箸で皿に取り分けた。
同じようにして、彼は肉の欠片を箸でつまむと口に放った。
「お前、本当に要領悪過ぎるよ。もっと就活に有利なゼミとかサークル入れば良かったのに」
焼き鳥は凄く美味しかった。
肉厚で、歯を立てるとニュッととろけるほど柔らかい。こんな美味しいレバーを僕は初めて食べた。……今度、類さんと一緒に来よう。
「僕の話はもういいだろ。将臣はどうなんだよ、最近」
うんざりして話の矛先を変える。
彼はちょっと嬉しそうにした。
「オレ? オレは最近、ますます人生謳歌してるよ」
それから、こちらに身を乗り出すようにする。
「やっぱ大企業の肩書きって最高だわ。合コンとか顔出すだけで、女に『遊びでもいいから』なんて、すり寄られるし」
「そ、そうなんだ」
「就活頑張って良かったわ-、マジで。やっぱ人生、金と肩書きだな。あ、あと顔」
「ははは……」
僕は曖昧に笑った。
話題についていけない……と思ったけれど、元からこんな感じだったような気がする。
僕は改めて彼を見やった。
彼には絶対的な自信がある。だから眩しかった。僕もこんな風になりたいだなんて思った。
でも、今はちょっと違う思いを抱いている。
……彼は、もしかしたら自信がないのかもしれない。
「そうだ。今度、お前も合コン一緒に行こうぜ」
「えっ!? い、行かないよ」
「遠慮するなよ。オレのおこぼれにありつけるかもしれないぞ?」
言ってから、彼は店員さんを呼んで2人分お酒のおかわりを注文した。
「ってか、お前がそんな風に暗くて話つまんないの、場数踏んでないからなだけだって。そこそこ顔はいいんだからさ、諦めるなよ」
「いや、諦めてるわけじゃなくて……」
なんと言ったものかと言葉を探していると、彼はハッとしてから意味ありげに笑った。
「あー、そっか。お前……好きなヤツいるんだもんな?」
「え……な、なに、急に」
「とぼけるなよ。ずっと片思いしてんだろ?」
「……そんな話した?」
「見てたらわかるよ。で? どうなの、そいつと?」
彼はオモチャでも見つけたように目を輝かせる。
ちょっと圧を感じて、僕は身を引くと答えた。
「……諦めたけど」
「は……? 何で?」
「ええと……振られたから」
「はぁっ!? 振ってねぇけど!?」
「え?」
「い、いや、何でもねーよ」
彼は慌てたように、氷だけ残ったグラスを仰ぐ。
それから焼き鳥のクシを手に取ったかと思うと、片っ端から肉を外していった。
「……じ、じゃあさ、なおさら合コン行こうぜ。いや、その前にオレがいろいろ教えてやるよ。女にウケる大人の男の話し方とか、振る舞いとか」
「行かないってば」
「お前な……そんなんじゃ一生、独り身だぞ」
「心配ありがとう。でも、もう恋人いるから」
そもそも恋人がいなくても合コンに行く気はないけれど。
「は……?」
と、彼の手から焼き鳥が皿に落ちた。
「はぁぁぁぁぁぁあっ!?」