夏の終わりとハッピーバースデー(4)
銀の馬蹄に、紫の小さな石がはまっている。類さんの右耳のピアスと色違いだ。
意図がわからず言葉を探していると、帝人さんが困ったように笑った。
「ソウ。伝くんはピアス穴開いてないよ」
「俺が開ける」
「え!?」
思わぬ積極的な発言に、僕はビクリとして耳たぶを抑える。
帝人さんが大仰に溜息をついた。
「本人の意思を無視しちゃダメだってば……」
「でも、ソウちゃんの気持ちはめっちゃわかるよ。ボクもお揃いの付けられたら嬉しいもん」
と、ニャン太さんがこちらに身体を寄せてくる。
それから、そっと自身の金髪をかき上げて左耳を示した。
「あ」
そこに輝く金のピアスに僕は目を見張る。
同じくホースシューのピアス。今まで髪に隠れて気付かなかった。
「ニャン太さんも付けてたんですね」
「ボクだけじゃないよ。みんな一緒」
「一緒?」
ソウさんは右耳、帝人さんは左耳に、それぞれ色違いのピアスがはまっている。
「結婚指輪みたいなもの……かな。俺は研修中だしめったに付けてないけど」
帝人さんが補足してくれるのに、僕は改めてピアスを見下ろした。
「なるほど、そういう……」
意味がわかると、胸がぎゅっと切なくなって、鼻の奥がツンとした。
うまく馴染めているか不安だったけれど、ちゃんと歩み寄れているみたいだ。
「……ピアス穴、開けたいな」
ポツリと呟けば、カクテルを仰いでいた類さんが口を開いた。
「無理に開けなくてもいいよ。表面的なものだから。……たぶん、あんたの兄ちゃんぶちキレるだろうし」
「でも、僕も付けたいです」
そうしたら、もっと……みんなに、類さんに、近づける気がする。
「……そっか」
類さんは眉根を下げて、困ったように笑うと僕の髪をくしゃりと撫でた。
僕はソウさんに向き直ると頭を下げた。
「ソウさん、ありがとう。大切にします」
「ああ」
ピアスなんて考えたこともなかったから、ちょっと怖い。やっぱり痛いんだろうか。
でも、それすら愛おしく感じられる気がする。
そんな考えがふと去来して、僕は途端に羞恥心を覚えて唇を引き結んだ。
それから僕らは、いつものようにだらっと過ごして、お店を後にした。
初めての恋人の誕生日は夢見ていた雰囲気とは違ったけれど、もっとずっと愛おしくて、楽しい時間だった。
* * *
僕らはみんなで夜風を楽しみながら駐車場に向かった。
途中で酔い潰れたソウさんを軽々と背負って歩くニャン太さん、その隣に類さん、更に彼の後ろを僕と帝人さんがついていく。
ニャン太さんは珍しくお酒を飲まなかった。
理由を問えば、「家族水入らずで帰りたいからね」と彼は笑った。
「今日はすっごい楽しかったね~次は帝人の誕生日だ!」
「いつなんですか?」
後ろから問いかけると、彼はこちらを振り返りソウさんを背負い直した。
「来月の20日♪」
「近いですね」
「帝人。プレゼント何欲しい?」と、類さんがちらりと首だけ巡らせて問う。
「それ、聞いちゃうの?」
帝人さんはフッと吐息をこぼすと、口の端を持ち上げた。
「教えないよ。俺のこと少しでも考えて欲しいから」
「未だにわかんねぇんだよなぁ」
「だからだよ」
車が見えてくる。
ニャン太さんがキーをかざすと、ピッと開錠の音がした。
帝人さんが後部座席に乗り込む。
その隣に、ニャン太さんは寝入るソウさんを押し込むようにした。
「帝人、ソウちゃん引っ張ってー」
「はいよ」
僕は一番最後に車に乗り扉を閉める。
類さんは助手席に、ニャン太さんが運転席に。
やがて車にエンジンがかかった。
「じゃ、帰ろっか」
駐車場を抜けて、車は複雑怪奇な東京の道を走り出した。
ナビの音声が目的地を告げる。
ラジオからは夏の名残りを惜しむような曲が聞こえてきた。
僕はぼんやりと窓の外を見やる。
窓の外には、線を引いて後ろへと流れていくネオンの光。
どことなく物寂しい気持ちになったけれど、また来年がある。なんなら、また来月もこんな風に賑やかに過ごすことだろう。
それを思うと、幸せで、ちょっと泣きそうになった。
「ねぇねぇ、類ちゃん。ボクの誕生日はさ、ゲーム買ってよ」
「珍しくまともな要求じゃん。いいよ、何が欲しいんだ?」
前方からそんなやり取りが聞こえてくる。
「音ゲーの機体!最近はまっちゃって、ゲーセン通ってるんだけど、明らかに買った方が安いんだよね」
「……部屋、置けんの?」
「なんで部屋? リビングにおいたら、みんなも遊べるよ?」
「却下」
「えーーーそんなーーーっ!! イジワル言わないでよーー!」
「リビングはお前の部屋じゃねぇ」
「でも、みんなで遊べたら楽しいじゃん!」
「みんなで遊ぶのが目的なら、もうハードはあるだろ」
「それはそうなんだけど……でも、でも、もう部屋スペースないからおけないんだよう」
「誕生日前に部屋を掃除しろっての」
「……それ、類ちゃんにだけには言われたくない!」
軽口を叩き合うふたりに、僕は小さく笑って鼻の頭をかく。
次いで、僕はなんとなしにソウさんへ目を向けた。
彼は帝人さんに寄りかかって、規則正しい寝息を立てている。長い睫毛が色濃く影を落としている。
と、帝人さんが手袋をはめた手で彼の髪をそっと慈しむように撫でた。
その眼差しはとても静かで、柔らかい。
僕は何故かドキリとしてしまって、慌てて目線を窓の外に戻した。
――夏が、終わる。 微かに、苦いタバコの香りが、鼻先をくすぐった気がした。
step.15「夏の終わりとハッピーバースデー」 おしまい