ファミリア・ラプソディア

夏の終わりとハッピーバースデー(3)

「ありがとな」

 類さんは微笑み返すと、受け取ったプレゼントを開ける。
 なんだか高そうな黒い箱が出てきた。

「……お、万年筆」

 紺色のビロード生地に収まっていたのは、深海を思わせる万年筆だった。
 中央には鮮やかな青みがかった白色のアサガオが咲いていて、まるで水面をたゆたうように光の加減で不思議に輝く。

「キレイだな。もしかしてこの花の部分、螺鈿(らでん)か?」

「ふふ、ご明察。よく気付いたね」

「らでん? って何ですか?」

 聞き慣れない単語に小首を傾げれば、類さんが教えてくれた。

「貝の内側のキラキラした部分で細工したやつだよ」

「へぇ、そんなものが……初めて知りました」

 僕はまじまじと万年筆を覗き込む。
 貝で細工ってどうやるんだろう……潰して粉にしたりするんだろうか。

「最近、俺さ……同僚の影響で万年筆を使い始めたんだよ。今までペンで十分、万年筆なんて面倒なだけ、なんて思ってたんだけど、使ってみるとこれがなかなか楽しくて。類にもオススメしたくなっちゃったんだ。確か持ってなかっただろ?」と、帝人さん。

「気にはなってたけど、どれ買えばいいのかわかんなくてさ」

 頷くと、類さんはお店のライトにアサガオをかざすようにした。

「……うん。いいもん書けそう」

「それは良かった」

 類さんが丁寧に万年筆を箱にしまう。
 すると、すかさずニャン太さんが手を上げた。

「はい、はーい! じゃあ次はボクの番ね!」

 言うやいなや、紙袋を類さんに手渡す。
 中にはレザーブーツが入っていた。

「うお、格好いいな」

 さっそく手に取って眺めた類さんが、呟く。
 落ち着いたこげ茶の、とてもスマートなシルエットの靴だった。

「でしょでしょ。それお店で見つけた時、ビビッと来ちゃってさ。絶対、類ちゃんに履かせたいって思ったんだよね~!」

「ありがと。次、なんかイベントあったら履いてくわ」

「え~。普段使いしてよ~」

「もったいねぇよ。どうせコンビニくらいしか行かねぇし」

「履かない方が、ずっっっっともったいないから!」

 その通りですよ、なんて笑って同意しながら僕は内心気が気じゃなかった。
 順番的に次は僕がプレゼントを渡す番だ。しかし……

 まずい。
 僕のプレゼントだけ……完全に浮いている。

「っと、次はデンデンどーぞ!」

 にこやかに、ニャン太さんからバトンタッチされた。

「ぼ、僕は……」

 もっと考えるべきだった。いや、自分なりには一生懸命考えたわけだけど。
 僕は不安を無理矢理追い払うとカバンからリボンのついた白い袋を取り出した。

「……どうぞ」

「ありがと」

 類さんが袋を広げる。
 僕は俯いた。彼ならどんなプレゼントだって喜んでくれるに決まっているが、やっぱりちょっと恥ずかしい。

「飴……?」

 類さんは瓶を取り出すと、首を傾げた。

「ま、前に執筆の時、飴を舐めてるって話を聞いた気がして……」

「よく覚えてたな」

「わぁ、カラフルだね~! これってもしかして全部味違うの!? 凄くない!?」

 僕は頷いた。

「あっ、はい。そっちの方が楽しめるかな、と思いまして……」

「可愛いね。飾っても楽しめそうだ」

 帝人さんの言葉に、僕は何度も首を縦に振る。
 舐めて楽しめて、目でも楽しめたら、ちょっとしたお休みの癒しになるんじゃないかな、と思ったのだ。

「ありがとな、伝。書く時の楽しみが増えたわ」

「は、はい……!」

 良かった……。どうやら気に入って貰えたみたいだ。
 僕は心の中で胸を撫で下ろす。

「俺からは、これ」

 と、ソウさんが差し出したのはちょっと大きめな袋だった。

「ありがと。……ん? 固いな。何が入って――」

 袋を外側から手で揉んだりした類さんが訝しげにする。それから中を開けて、目を瞬いた。

「これ……って」

 僕とニャン太さんは、身を乗り出して類さんの手元を覗き込む。
 プレゼントは、腰痛ベルトと、たぶん……むくみ対策の着圧靴下だ。

 予想外だった。
 いや、類さんの身体を考えればこれがいいのはわかるけど。

「……ありがてぇ。ありがてぇけどさ……っ! 誕生日に贈るかフツー!? これをっ!?」

「欲しかったんじゃないのか?」と、ソウさんが小さく首を傾げる。

 それに、類さんは大きく何度も頷いた。

「欲しかったよ! むしろ、このソックス持ってるわ。しかももう2、3足追加で買おうとか考えてたわ!」

「じゃあ、ちょうど良かったね~」

「うん……ちょうどいいんだ。欲しかったものドンピシャなんだよ。でも、なんだろうな、や、嬉しいんだけど……恋人からのプレゼントが腰痛ベルトってさ……」

 彼は腰痛ベルトを見つめて、ぐぬぬと唸る。

「……ソウ。お前、色気って単語知ってる?」

「それがどうした?」

「……やっぱ、なんでもねぇ。さっそく今夜から使うわ。ありがと」

「うん」

 頷いたソウさんは花が綻ぶように微笑んだ。
 次いで、彼はもうひとつ小箱を取り出すと僕に向き直った。

「……伝にはこれ」

「え? 僕に、ですか?」

 差し出された小箱を、僕は躊躇いがちに受け取った。
 他のメンバーにも何か用意してあるのかと思えば、そうでもないらしい。

「え、ええと……」

 ソウさんは黙って僕を見ている。どうやら、今開けた方がいいみたいだ。
 僕は不思議に思いながらも、丁寧に包装紙を剥き現れた白い箱をパカリと開ける。

「これ、って」

 僕は何度も目を瞬かせると、戸惑いと共にソウさんを見返した。
 中に入っていたのは、Uの字……ではなく、ホースシューのピアスだった。

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