ファミリア・ラプソディア

勝手と勝手(4)

* * *

 汗を流すと、僕は類さんを連れて昔の自室に戻ってきた。

 ベッドと本棚がふたつ。あとは不自然にスペースが空いている。元はデスクがあったり、服をしまっていたラックがあったスペースだ。

 相変わらず、部屋はホコリ1つ落ちていない。
 母が細やかに掃除をしてくれているのだろう。
 いつでも戻っておいで、というメッセージを感じて、どことなく申し訳なく思う。

「東京にあんだけ本があるのに、実家にもあるのかよ」

 類さんは濡れた髪をタオルで乾かしながら、まだらに本の残った棚に真っ直ぐ向かった。

 お風呂上がりの類さんが、昔の部屋にいるなんて、ちょっと不思議な感じだ。

「あの、類さん」

「んー?」

「遅くなっちゃったんですけど……その、明日、帰りましょう」

 告げると、彼はチラリと僕を見た。

「言うと思った。……帰らねぇよ」

 彼はそう言って、また本棚に目を戻す。
 それから文庫を一冊手に取り、パラパラとめくる。ヘッセの『デミアン』だ。

「ど、どうしてですか。これ以上、あなたに嫌な思いをさせたくないんです。僕が軽率でした。こんなことも予想できなかったなんて……」

「言ったろ? 平気だって。そも、俺がついてきたくてここにいるんだ。あんたが気にすることじゃない」

 文庫を閉じて、僕の右肩を軽く叩く。

「でも……」

「それより、なんか面白ぇもんねぇの? 卒業アルバムとか、エロ本とか……」

「えっ、エロ本なんてないですよ……っ!」

 応えると、類さんはニッと口の端を持ち上げた。

「ってことは、卒業アルバムはありそうだな? でも、さっきから本棚見てるけど見当たらないんだよな~」

 当たり前だ。彼がお風呂に入っている間に隠したのだから。

「うーん……」

 類さんは顎に手を当てると、思案げに部屋を歩き回った。
 やがて、先ほど見ていた本棚に戻ってくると、幾つかの本を一気に引き抜いた。

「ちょっ、何してるんですか!」

「いや、この辺なんとなく怪しいなと思って」

 ゴソゴソと奥を探る。
 止めるまもなく、彼は棚の奥にしまってあった卒業アルバムを引っ張り出した。

「あっ……!」

「ビンゴ! さて、伝は何処かな~」

「うわぁああっ!? そんなの見たって、楽しくないですよ!」

 取り上げようと手を伸ばす。
 それを類さんがヒラリとかわす。

「楽しいよ。大好きな人の昔の写真だぞ?それとも伝は……俺の高校の頃の写真、見たくない?」

「そ、それは……」

 み、見たい。物凄く見たい。
 本音がポロッと口を突いて出そうになる。その隙を突いて、彼はペラペラとページをめくった。

「発見。ははっ、カワイイな。髪、短かったんだ?」

「も、もういいでしょう……?」

「さて、将来の夢ページは何処かな~」

「それは絶対にダメです!!」

 最終ページを開こうとする彼を僕は必死に止める。

 断固として読まれるわけにはいかない。
 何を書いたかは忘れたが、読まれたら凄く恥ずかしいに決まっている。

「返してくださいよ!」

「ちょっとだけだから」

「ダメですってば……っ!」

 しばらくの攻防の後、ふたりでもつれるようにしてベッドに倒れ込んだ。
 僕が類さんを押し倒した形だ。

「この前に引き続き……積極的だな」

 ふわりとボディソープの香りがして、ドキリとする。

「ちが……」

 類さんが僕の唇に触れるだけのキスをした。

 羞恥心をくすぐられて、身体を起こしたくなる。けれど、なんとか我慢をした。
 今さっき一瞬意識を逸らしたせいで、写真を見られてしまったのだ。
 同じ轍は踏まないぞ、と強い意思でもってアルバムを取り上げようとする。
 すると、思いも寄らぬことに、彼はアルバムを少し離れた枕元に置いた。

 次いで、抱きしめられた。
 かと思うと、彼は僕を腕の中に閉じ込めたままクルリと反転する。

「る、類さ……ん!」

 軽々と体制が逆転し、再び唇を塞がれた。
 啄むようにそっと。
 下唇を甘噛みして、角度を変えて口内を深く貪られる。

「ん、っは……」

 ミントの……歯磨き粉の味がした。

「ダメ、ですよ……そんなに、キス……しないで、ください……」

 僕は力なく彼を押しやろうとする。

「なんで?」

 問いに少しの間、沈黙が落ちた。
 逸らしていた視線を彼に戻し、続いて今度は顔ごと背ける。
 ドクドクと耳の奥で心臓の鼓動が聞こえた。

「……したく、なっちゃいますから」

「じゃあ……しちゃう?」

「……っ! し、しませんよ!」

「なんで……?」

 類さんは甘えるように僕の頬に触れる。
 手は熱くて、見つめてくる眼差しは潤んでいた。

「だ、だって、実家ですよ? それに……ご、ゴム、とか……持ってきてないし……」

「あー……」

 ちょっと不満そうに唇を尖らせる。
 予想外の反応。これは……

「……類さん、もしかして酔ってます?」

 問えば、彼はフフッと笑って小首を傾げた。

「そう言ったろ? だから……」

 親指の腹で、唇をなぞられた。
 甘やかな吐息が鼻先を掠め、視界いっぱいに類さんの整った顔が広がる。
 グッと熱い下腹部を押し付けられた。

「今、この前みたいに誘われたら……ヤバイかも」

 囁くように告げられ、ずくんっとお腹の奥が震えた。

「なぁ、言わねぇの? 生で挿れて、って……奥にたくさん……注いでくださいって……」

「そ、そんなこと、言ってないですからっ……」

「そうだっけ? じゃあ、なんて言ったのか再現してよ」

「うっ、そ、それは……」

 波打ち際で、口を滑らせたふしだらな言葉の数々が脳裏を過る。
 カッと頬が熱くなって、頭が真っ白になった。

 と、類さんはそんな僕を見て喉奥で笑った。

「はは、伝はカワイイな。顔真っ赤」

 ひとつ、頬にキスが落ちる。
 続いて彼は僕の鎖骨辺りに顔を埋めた。

「う……冗談のつもりだったけど……マジでヤバイ……」

 服の上から、彼は僕に触れた。
 その手は次第に下へと向かい……

「んっ、ダメ……ですよ……本当に、ぁ……類さ……」

 ゴトンと床で音がした。
 ふと目を向ければ、酔い覚ましのドリンク材が転がっている。

 僕と類さんは慌てて離れた。
 部屋の入口で兄が立ち尽くしている。

 僕は無意味に正座をした。

「ええと……俺、客間に移動しましょうか?」

 類さんが口を開いた。

「き……き……貴様など犬小屋で十分だッッ!」

 家を震わせるような声で怒鳴ると、兄は類さんをベッドから引きずり下ろす。

「ちょ、兄さん……っ!」

 ……結局、騒ぎを聞きつけてやってきた母が兄を止めてくれて、変わらず類さんは僕の部屋で眠ることができた。
 まあ……深夜に何度も兄の来訪があって、十分な睡眠は取れなかったのだけれども。

 部屋の電気を消す前、類さんは布団に寝転がりながら「兄貴に愛されてるな」と笑った。
 どこをどう見たらそんな感想を抱くのだろう……
 彼は、僕とは違う世界が見えているのかもしれない。

-60p-
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