ファミリア・ラプソディア

勝手と勝手(3)

* * *

 帰ると告げるタイミングを逸したまま、僕らはお墓参りから戻ってきた。

 こちらの心配をよそに、類さんは楽しんでいるようだった。
 お墓参りの時も、始終「田舎はいちいちスケールがデケぇ」とお寺の広さや石像の大きさに感動していたし、先祖を背負って車に戻ってくることだとか、石灯籠から火を移して持ち帰ることだとか、ひとつひとつの儀式的な行動に興味津々だった。

 類さんの家では、3日に1度墓参りをしてお終いだそうだ。
 お盆の作法は地域や各家庭で違うから比べてみると確かに面白いのかもしれない。

 やがて広間で本格的に飲み会が始まった。
 アラヤのおいちゃんは、機嫌良さそうに奥さんにお酒を持ってこさせると、一升瓶をどっかとテーブルに置いた。

「おう、伝。グラスよこせ」

「あ、ああ、うん」

 僕はおずおずとグラスを差し出す。
 アラヤのおいちゃんは、よく飲みよく食べる。
 持ってくるお酒は知人からプレゼントされたかなりいいお酒らしく、みんなに浴びせるほど振る舞う。
 僕はそこまでお酒に強いわけではないから、出来れば隣に座りたくはなかったのだけれど、今日は目を付けられてしまった。

「四之宮んとこから貰ったのは旨ぇぞ。おめぇの父ちゃんも飲めたら良かったんだけどなあ」

 言って、彼はなみなみとグラスの淵まで日本酒を注ぐ。
 父は一昨年肝臓を悪くしてから、お酒は控えていた。

「ハイカラな大先生はどうする?」

「歓迎の酒だ。まさか断らないだろう?」と、僕の対面に座っていた別の親戚が嫌みったらしく言った。

 なんでいちいち突っかかってくるんだよ……
 そんな風に思った自分は冷静で、ちょっと驚く。

 類さんはニコリと笑って、グラスを差し出した。

「ええ、いただきます」

「うちは酒好きが多くてな。仲良くなるには、これが一番よ」

 と言って、別の親戚が呵々大笑する。
 兄は止めることもせず、薄らと笑ってそんなやり取りを眺めていた。

 見かねて、母が口を開いた。

「おいちゃんたち、あまり飲ませないでくださいよ」

「大丈夫ですよ、お母さん。さすがに自分の限界は知っているので」

 類さんが朗らかに応える。

「貴様の母ではないっ!!」

 兄が声を荒げたが、彼は気にせずグラスを傾けた。
 親戚のおいちゃんたちがニヤニヤとそれを眺める。僕も一口飲んだが、かなり強いお酒だった。

「あ」

 と、類さんが短く声をこぼした。

「なんだ、一口で限界か?」と、アラヤのおいちゃん。

「いや……マジでうまいと思って」

 目を瞬かせて、類さんは何度もグラスを口に運んだ。
 ついでフッととろけるような微笑みをこぼす。

「ちょっとすいません。銘柄メモらせてください」

 彼はうきうきしながら瓶の裏を見て、携帯で写真を撮った。
 本当に美味しかったらしい。
 おいちゃんはちょっと意外そうにしてから、ヘラリと赤ら顔を綻ばせた。

「なんだよ、そんなに気に入ったか」

「はい。こう、飲んだ時は柔らかい舌触りで、フルーティな感じなんすけど、後からガツンとくる辛みがたまんねぇなって」

 類さんは再びグラスを仰いだ。
 おいちゃんはますます笑みを深くした。

「がははははっ! 舌はバカじゃねぇらしい」

 続いて、すぐに空になったグラスを満たす。

「よし! じゃんじゃん飲め。全部開けていいからな!」

「……フン。おもねる態度は一任前だな」と、兄が鼻を鳴らした。

「いやぁ、啓のヤツは酒がてんで弱くてさ。張り合いねぇんだわ」

「そ、そんなことないですよ。ゆっくり味わって飲んでいるだけです。せっかくのいいお酒ですからね」

 おいちゃんたちの笑い声に、兄が焦ったように言う。それから、類さんに張り合うみたいにグラスを空にした。

* * *

 数時間もしない内に、おいちゃんたちは大の字に畳に寝転がり大きなイビキをかき始めた。
 父は食事を終えしばらく歓談してから退席した。毎年のことだったが……もしかしたら騒がしい会は好きではないのかもしれない。

 空になった一升瓶は3本を超え、広間には気だるく打ち解けた雰囲気が漂い始めた。
 初めは類さんの髪色を気にしていた親戚の人たちも、彼の気さくさにすっかり心を許しているようだ。……ただひとり、兄を除いて。

 兄はと言えば、口数少なく俯いていた。平然と振舞おうとして失敗している。かなり酔いが回っているのが分かる。

「類くんって、お酒強いのねぇ」

 アラヤのおいちゃんの奥さんが呆気に取られたように言った。
 今まで、彼の酌に最後まで付き合えたのは父だけだった。

「さすがに酔いましたけどね」

 類さんは片手をウチワに見立て、仰ぐようにした。
 その頬はほんのりと赤い。

「ありがとうね、付き合ってくれて。随分と楽しく飲めたみたい」

 チラリと寝入るおいちゃんを見る。
 おいちゃんはボリボリとお腹を掻いた。寝顔も満足げだった。

 やがて母や叔母たちが皿を片付け始めた。

「手伝いますよ」

 類さんが母に倣って空になった皿を手に立ち上がる。僕も慌ててそれに続く。
 すると母は困ったように笑った。

「助かるわ。でも……」

「台所に……男が、入るな……」

 兄が呻くように言った。

「わかりました。じゃあ手前まで運びます」

「そういうことを言っているんじゃ……っ!」

 やっと顔を上げた彼は、手伝う僕に気付いて目を丸くする。

「伝まで何してるんだ!」

「何って……手伝ってるんだよ。みんなでやった方が早いから」

「男は家のことをするものでは――」

 怒鳴った拍子に、兄の身体がグラリと揺れる。

「水貰ってきますよ」

 さっさと台所へ向かった類さんの背中を、兄は唖然として見やった。
 次いで、視線を落とすと物言わず拳を握り締める。
 ……兄のこんな姿、初めて見た。

「そうだわ、ねえ、啓。類くんの部屋なんだけど、西の客間でいいわよね」

「ダメです!」

 兄はふり絞るように叫びフラつきながら立ち上がった。水を持って戻ってきた類さんをキッと睨めつける。

「コチラの事情も考えず押しかけてきたヤツを、そこまでもてなす義理はない。伝が連れてきたのだから、伝の部屋にでも詰め込んでおけばいいでしょう!?」

 そう続けると、彼は肩を怒らせ踵を返してしまった。

「まったく、あの子は……類くんの何が気に食わないのかしら」

 母が目を瞬かせる。
 僕はあいまいに笑った。本当に《友達》だったなら、ああはならなかったように思うが……どうなんだろう。

「類くん、ちょっと待っててね。今、お父さんに相談してくるから」

「大丈夫ですよ。お兄さんの言うことも一理ありますし、伝さえ良ければ同じ部屋でも」

「そう? ならいいのだけど……狭かったら言ってね」

「わかりました」

 類さんが和やかに頷く。
 それから母がちょっと離れた隙をついて、僕の耳朶に囁いた。

「むしろ、同じ布団でもいいもんな?」

 僕は彼の脇腹を少し強めに肘で突いた。

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