勝手と勝手(2)
「や、やめてよ、兄さん!」
僕は類さんと兄の間に身体を滑り込ませると、鼻息荒く言った。
「初対面の相手に失礼じゃないか」
「失礼だと? 盆に押しかけてくる《友人》の方がずっと失礼だろう」
そう告げて、忌々しげに眉を持ち上げる。
歓待することはないとはわかっていたが、まさかここまで露骨に酷いことを言うとは思っていなかった。
「母さんにはちゃんと許可を貰ってる」
僕はキッと兄を睨みつける。
決して無断で連れてきたわけじゃない。
と、張り詰めた空気を破ったのは類さんの声だった。
「親族が集まるっつーなら、俺は問題ないと思いますけど」
「……なに?」
僕の横に並んだ類さんを、兄は鋭い目で見下ろす。
それを物ともせず、彼は続けた。
「俺、伝の恋人ですから」
「る、るる、類さん!?」
それは言わない約束じゃ……あ、でも兄さんは知ってるからいいのか。
「ここはひとつ、未来の親族ってことで。改めてよろしく、お兄さん」
先ほどと変わらない笑みで言う。
兄はポカンとした。
ややあってからハッと我に返り、怒りで顔を真っ赤に染めた。
「きっ、貴様に兄と呼ばれる筋合いはない!!」
「ははは。慣れるまでの辛抱ってやつですよ」
「慣れてたまるか!」
気にせず握手をしようとする類さんの手を、兄は思い切り振り払う。それから怒髪天を突く勢いで、わなわなと震えながら彼を指さし僕を見た。
「伝! さっさとこの男を追い返せ!!」
「い、いやです……」
「このっ……!」
一触即発の瞬間、運転席の窓から顔を出して母が言った。
「いつまで立ち話しているつもり? 暑いんだから、話なら車の中でしなさいよ」
兄は苛立たしげに手を引いた。
それから車に向かった彼の後を、僕は類さんと一緒について行く。
「あなたが伝のお友達の類くんね」
「初めまして」
類さんはいつもじゃ見ないような……兄に見せた笑顔とも違う爽やかな表情で挨拶をした。
母はキョトンとしてから、ちょっとてれたようにはにかんだ。
「今日は遠いところ遙々といらっしゃい。何のおもてなしもできないけど、ゆっくりしていってね」
「母さん、待ってくれ。今日は親族で集まる会だし……」と、兄が言う。
「伝が友達連れてくるなんて初めてなのよ。お父さんも楽しみにしてたわ。それとも……啓。こんなところまで来てくれた人を追い返すなんて、そんな酷いことしないわよね?」
「……」
兄は押し黙り、無言で助手席に乗り込んだ。
「さぁ、乗ってちょうだい」
僕は後部座席の扉を開いた。
「お邪魔します」
それから、身体を丸めて乗り込んだ類さんの隣に続いた。
* * *
窓の外を流れる林や田畑の景色を眺めること40分ほど。
車は実家の門をくぐった。
「久々にハラハラしたわ。途中で下ろされたら帰れねぇって」
類さんが笑いながら言った。
「そんなことしませんよ」
兄だけなら可能性はあったが、今日は母もいる。
「にしても広いな。敷地内に何軒家あるんだか……あ、畑に……ハウスもある。何作ってんの?」と、腰を伸ばしながら類さん。
僕は改めて実家の敷地を見渡した。
坂を上った先の敷地の中央には、二階建ての本宅がそびえ立つ。それから倉庫に使っている古い家屋がふたつと、車の倉庫。6つのハウスに畑……
「スイカとか、ブドウとか、後は……トマトとかですかね……」
僕は記憶を手繰り寄せつつ答えた。
正直なところ、正確な答えは持ち合わせていない。僕がまだ高校生の頃はそんなラインナップだったような気がする。
「スイカって家で作れるもんなんだ」
そんな話をしながら、僕らは母の後をついて行った。
後ろからは兄のプレッシャーを感じたが、気づかないフリをする。
やがて、本宅の玄関が見えてきた。
玄関の右の方には、赤い屋根の犬小屋がある。でもその主の姿はなく、玄関の内側から元気な鳴き声が聞こえてきた。
「伝が戻りましたよ」
母は玄関の引き戸を開いて声を張り上げる。
と、玄関入ってすぐ左の広間の障子が開いて、日に焼けた浅黒い肌の中年男性が顔を覗かせた。
「おう、おう。久々じゃねぇか」
父の弟のアラヤのおいちゃんだ。こういう人が集まる会では、寡黙な父の代わりに彼がまとめ役をしてくれている。僕にとっては苦手な親戚のひとりだ。
「ただいま。お久しぶりです……」
「相変わらず背中丸めやがって。男ならシャキッとしろ、シャキッと!」
玄関を上ると、乱暴に背を叩かれた。
お酒の香りが鼻先を掠める。
広間には総勢20人近くの親族が集まっていた。
中央には大きなローテーブルが並んでいて、その上にはラップのかかった大皿が所狭しと並んでいる。
刺身、揚げ物、炒め物、柄の入った巻き寿司、茹でた枝豆、味噌田楽、おはぎなどなど……全て、母と叔母たちの手作りだ。田楽のコンニャクは、芋から作っている。
「すげー料理」
僕の後ろから中を覗き込んで、類さんが感嘆の吐息を溢した。
アラヤのおいちゃんが目をパチクリさせて、親族を代表するように口を開く。
「……おいおい、誰だよ。その後ろのハイカラな兄ちゃんは」
「こんにちは。伝の友人の頼久類です」
「類さんは小説を書いていてですね……」
と、挨拶をした類さんに捕捉すると、彼はそれを受けて頷いた。
「ネタ探しついでに遊びに来ました」
「小説家の先生? そんなアタマでご大層なもんだな」
「ちょ、おいちゃんっ……」
制止を遮るようにして、類さんは僕の腰を軽く叩いた。「気にしてない」とでも言うように。
そして、「大したことないっすよ」とニコニコして応える。
申し訳ないという気持ちと、尊敬の念が胸の内でグルグル旋回した。
格好いいな、と思う。僕も彼のようになれたらいいのに。
なんてことを考えていると、
「笑われてるのにも気付かないなんて……さすが、いい年して定職にもつかずチャラチャラしているだけあるな」
背後で兄が嫌みったらしく言った。
それにプチンと頭の中で何かが切れる。
自分のことはどう言われたって構わない。
兄の言う通り、僕は本当にどうしようもないヤツだから。
でも類さんは違う。違うが……
そこで僕は今更ながらに気が付いた。 類さんに助けを求めるってことは、こういうことだと。
僕は兄から口撃されるのが怖くて、嫌で、彼に一緒に来て貰った。
そして彼は予定通り僕に向けられた敵意や悪気ない悪意を受けてくれている。
僕は自分のことしか考えてなかった。類さんがこんな風に言われるなんて予想もできなかったなんて……とんでもない大バカだ。
…………うん、帰ろう。
大事な人をこんな風に言われて、それでもここにいる理由なんてない。
母さんには申し訳ないけど……
「あ、あの、母さん――」
母に声をかけたのと、廊下の奥から杖をついて父が現れたのは同時だった。
少し白髪が増えたように思えたのは一瞬で、父は昔と変わらない厳しい声で言った。
「全員、揃ったようだな」
軽口を叩いていたアラヤのおいちゃんが唇を引き結ぶ。
父と目が合った。僕はペコリと頭を下げた。
「……父さん、ただいま」
父は短く「おう」と頷いてから、杖を振り母に車を出せと命じた。
「墓参りに出かけるぞ」