海と月(3)
* * *
露天風呂組の僕ら3人は、冷房の効いた部屋につくなり布団に倒れ込んだ。
「ったく……何でのぼせるほど風呂に浸かってんだよ」
ウチワで仰ぎながら、類さんが呆れた声をもらす。
「ごめん~。ちょっと話し込んじゃって……」
「ほら。水分、ちゃんと取って」
と、帝人さんが近くの売店で買ってきてくれたのだろう、スポーツ飲料を手渡してくれる。
僕らはフラフラと身体を起こし、水分補給をした。
帝人さんはもうシャワーを済ませたのか、浴衣姿だ。一方、類さんはまだ私服だったから仕事中のようだ。
「すみません、お忙しい中……」
「それは全然いいよ。むしろ、心配なのはそっち。頭痛、早く落ち着くといいんだけど」
「はい……」
一口一口ゆっくりと喉を潤せば、なんとなく頭痛が収まっていく気がする。
と、僕の右隣でニャン太さんが一息にペットボトルを飲み干した。
空のペットボトルを、ゴミ箱に投げ入れる。それから両手をあげた。
「フッカーツ!」
「いや、寝てろっつの」
「ふぎゅっ」
そんな彼を、類さんがすかさず布団に押し付ける。
「明日も朝一で海行くんだろ? もうこのまま寝ちまえ」
「えー……夜はまだまだこれからだよ。せっかく5人で布団並べてるんだし、恋バナしなくちゃ……」
「全員、類の話するんだよね」
「それ絶対に盛り上がらねぇだろ……」
「でもでも、親睦深めたいじゃん。デンデンとの初旅行だし……ねえ、ソウちゃんもそー思うでしょ?」
それに、ソウさんをうちわで扇いでいた帝人さんが、しーっと人差し指を自身の唇に押し当てた。
「もう寝かかってるから」
「早すぎじゃない!?」
ニャン太さんの声に、目を閉じたソウさんが片眉を持ち上げる。でもそれだけで、すぐに規則正しい寝息が聞こえてくる。
ソウさんも寝つきがいいのか。……みんな健康的過ぎると思う。
「伝も。また明日な」
うちわを引き上げて、類さんが僕の髪を撫でた。
「……類さんは? まだ起きてるんですか?」
問えば、立ち上がった彼はウンザリしたように肩を竦める。
「うん。書き終わるまでもう少しかかりそう」
「電話、出なきゃ良かったのに」と帝人さん。
「俺もそのつもりだったんだよ。それが、つい……はぁぁ。あーもー書きたくねー」
髪を乱暴にぐしゃぐしゃとかき混ぜながら、類さんは窓際のローテーブルへ向かう。
それからピシャリと障子を閉めた。
「さて、と。俺も今日は寝ようかな」
帝人さんが、ソウさんの上掛けを肩まで引っ張りながら言う。それから彼は部屋の電気を消した。
類さんのいるスペースの明かりが、障子を通して漏れている。
ぼんやりと映ったスラリとした人影、キーボードを打つ軽快な音……
「うー……寝たくない……」
呻き声と共に、ニャン太さんがゴロゴロ転がって僕の布団に潜り込んでくる。
「ちょ、ニャン太さんっ……」
「せめてボクらだけでも恋バナしよ。ちょっとだけでも」
「恋バナというか、類さんの話ですよね」
「……ぐぅ」
「――って、寝てる!?」
……彼を押しやることもできず、僕は狭くなった布団で途方に暮れた。
* * *
「ん……」
寝苦しさに目を覚ますと、見慣れない天井が視界に飛び込んできた。
耳に届く波の音。
すぐ近くからは心地良さそうな寝息が聞こえる。
ニャン太さんが僕に抱きついていた。
さすがに慣れたので、僕は彼の腕の中から抜け出すと更に狭くなった残りのスペースに移動する。
と、隣の布団――類さんがいないことに気がついた。
布団に触れるが、ぬくもりはない。
窓際に目を向ける。
そこにはもう明かりは灯ってはおらず、障子が開け放たれ、窓の向こうに白い月が見えた。
類さん……?
僕はトイレに立った。
用を足してから部屋を見渡すが、彼の姿だけがない。
露天風呂にでも行ったのかとも思ったが、もう時間外だ。
時刻は2時を回っている。
僕は足を忍ばせて玄関に向かった。
類さんのサンダルだけないことに気付いて、カードキーを持って外へ出る。
僕は砂浜を当てもなく歩いた。
空では、月が煌々と照っていて、黒い海に満月が揺れている。
昼間と違って気温もちょうどよく、人もいないから散歩していてとても気持ちがいい。
類さんも仕事の気分転換に歩いているのかもしれない。
そう思って、僕は彼の姿を探し歩いた。
風に寝間着の浴衣がはためく。
砂浜の向こうに森が見えた。
岩場もそこそこあって、子供たちが昼間、そこで磯遊びをしていたことを思いだす。帰ると言う親に、もっと遊びたいと泣いて訴えていたっけ。
知れず、口元が緩んだ。
ニャン太さんが眠りたくないと渋っていた理由と同じだ。
寝てしまったら一日が終わってしまう。
特別な日が終わってしまう。
明日の夕方には、もう僕らは東京にいるだろう。
一泊二日って、あっという間なんだな。
また来年も一緒に来られるといいな……
そんなことを思いつつ、僕は改めて海を眺める。
と、波間に人影が揺れ浮き沈みを繰り返していた。
「え――」
気のせいなんかじゃない。
砂を蹴って走り出し、形振り構わず海に飛び込む。
見間違えるはずがない。人影は……類さんだった。