ファミリア・ラプソディア

餃子と眼差し(7)

* * *

 夕食時。
 僕はダイニングテーブルに餃子を山と積んだ大皿を3枚置いた。
 なかなかお目にかかることのない光景だ。ちなみに、どちらがどれを包んだのかは一目瞭然である。

 ソウさんとふたりで食卓の準備をしていると、タオルで髪を拭いながらニャン太さんが浴室から出てきた。

「おお~っ! 美味しそう!! デンデンが作ったの!?」

「いえ、僕はソウさんの手伝いです」

「一緒に包んだ」

 捕捉するように、ソウさんが卵スープを運びながら言う。
 ちなみにスープは僕が作った。もちろん彼のレシピ通りだから、味の保証はできる。

「え~、めっちゃ楽しそう。ボクもやりたかったなー。仕事、休めば良かった」

 言って、ニャン太さんは餃子のひとつを指先で抓んで口に放ると椅子に腰掛けた。

「んんんっ……美味しい! ありがとね~、ふたりとも」

 ニャン太さんはニコリと笑うと、類さんと帝人さんの部屋の方を向いた。
 それから手を口元に添えて声を張り上げる。

「ほら、類ちゃん、帝人! ご飯だよ! 餃子冷めちゃうよ~!」

 ちょうど自室から出てきたふたりが足早にやってきた。

「ンな大声出さなくても、聞こえるっつの」

「凄い量だね」

 全員が食卓に揃うと、酢や醤油、ラー油を回して、それぞれおてしょ皿に注いだ。

「いただきます」と声が重なる。

 僕は手を合わせてから、餃子を箸で取った。酢にくぐらせて口の中に放れば、プリッとした皮の食感に続いて、肉汁が舌の上に広がる。

 熱い。でも、旨い。

 はふはふしながら、何とか咀嚼して飲み込む。

「うま……なあ、これ、皮も手作り? 市販のより甘い感じがする」

「うん」

「そうだったんですか!?」

 厚みがあると思ったのはそのせいだったらしい。そういえば、正円でもなかったと思い出す。

「何個でも食べられちゃうね~」

 そう言って、わさわさと餃子を皿に取るニャン太さんに帝人さんが眉根を寄せた。

「こーら。一気に取り過ぎだよ、ニャン太。取り皿の上、片付いてからにしなって」

「大丈夫。全部詰め込むから!」

「なにも大丈夫じゃないけど……」

 3つほど一息に頬張ったニャン太さんに、帝人さんはこめかみを揉む。
 そんなやり取りを微笑ましく見守っていた僕は、ふと、類さんの視線に気付いた。

「あの、なにか……」

「誤解、解けたみたいだな」

 ソウさんとのことを言っているのだとすぐに理解する。
 包丁のこともあって、あからさまに落ち込んでしまっていたから心配してくれたのだろう。
 僕は気恥ずかしさを覚えつつ、頭を下げた。

「……お騒がせしました」

「言ったろ? ソウは別にあんたのこと嫌ってなんていないって」

「はい……」

「でもさ、何でデンデンはそんな風に思ってたの?」

 ニャン太さんが再び餃子を山盛り取り皿によそって問う。

「そ、それは……」

 目つきが怖くて、とは言えずに押し黙った。
 そんな僕を見て対面に座る帝人さんが小首を傾げる。

「もしかして、睨まれてると思ったのかな?」

「す、すみません……」

「睨んでいないが」

 ソウさんが箸を止めて言う。

「気にしたことなかったけど……言われてみれば、目つき悪いかもな」

 類さんに何度も頷いてから、ニャン太さんは口を開いた。

「はふふ、ほうひゃん……」

「口の中に入れたまま、しゃべらない」

 帝人さんの指摘に、彼は急いで口を動かし喉を鳴らす。

「たぶん、ソウちゃん、フリーズしてたんじゃないかな」

「フリーズ……?」

「驚いたり、予測できないことが起こると身体が硬直しちまうんだ。要するに、伝がいることにまだ慣れてなかったってこと」

「ボクが、ちゅうした時も固まってたしね」

 ふたりの言葉に、ソウさんはコクリと頷いた。

「でも、最近は平気になってきた」

「そ、そういうことだったんですか……」

 僕は肺の中が空っぽになるような溜息をついた。
 なんだ……何かやらかしてしまっていたわけではないのか。
 思い返してみると、バタリと出くわした時とかに彼はあの険しい表情をしていた気がする。

 ……それにしても、わからないのはこの餃子だ。
 賞罰的な意味もなく、かといって、手伝いが欲しかったようにも思えない。
 教えて貰ったり、直して貰ったりと、僕は明らかにソウさんの足を引っ張っていたし。

 どうして彼は、突然、餃子を作ろうだなんて僕を誘ってくれたのだろう。

 考えてみるが、思い当たる理由はまったくなかった。
 しかし、まあ……どんな理由でもいいかと思い直す。

 だって楽しかったし。

 ワイワイと食事をする類さんたちを眺めていると、自然と口の端が綻む。
 今まで料理には全く興味が湧かなかったが、またチャレンジしたいなと思う。

 そんなことを思っていると、ソウさんがお椀を手にあの険しい表情で僕を見ていることに気が付いた。

「どうした、ソウ?」

「卵の殻、入ってた……」

「す、すみません、全部取り切ったと思っていたんですけど……っ」

 目付きが悪くなるのは驚いたせい、だと知っていれば、別にヒヤヒヤすることもない。
 僕は冷静に、素早くティッシュ箱を差し出した。  と――

「卵の割り方、教えたはずだけど」

 憮然とした様子で、ソウさんが僕を見た。

 ……え? あれ? 怒ってる?
 い、いやいや、この表情は驚いてるんだって、さっき類さんが――

「………………」

「ソウちゃん、眉間にしわ寄ってるよ~」

 やっぱり、怒ってるっ!?

 険しい表情を前に、僕はティッシュを差し出した体勢で固まった。
 ……誰か、正解を教えてください。

 彼を理解するには、まだ時間がかかりそうだ。

■ □ ■

 ――話は遡り。
 前日の夕食後のこと。




「俺はどうして……料理ができるんだと思う?」

 真剣な様子の蒼悟の問いに、一同は顔を見合わせた。

「…………は? どういうことだ?」

「どうしたら料理ができるようになるか知りたい」

「あー。それは俺も知りたい」

 すかさず類が相槌を打てば、

「類の場合はやりたくないだけだろう?」

 と、帝人が小さく嘆息する。

「うーん……ってことは、ソウちゃんが料理できるのは、やりたいからってことになる?」

「やりたい……?」

 訝しげに眉根を寄せる蒼悟。
 そんな彼に寧太が言葉を重ねる。

「だって料理するのスキでしょ?」

「俺は……料理が好きなのか?」

「や、ボクには本当のところはわかんないけどさ。でも、キライではないと思うよ。楽しそうだし」

「なら……どうして好きなんだろう」

 ポツリと言って、蒼悟は顎に手を当てた。

「え? そ、それは……」

 思わぬ深掘りに、 寧太も腕を組む。

「なんかいい思い出でもあるんじゃね?」

 応えたのは、類だった。

「子供の時に褒められたとかさ。そういう嬉しいとか楽しいって気持ちが好きに繋がるもんだろ」

「褒められたこと……?」

 蒼悟が目を瞬かせる。
 少しの間、険しい表情で瞼を閉じ、やがてハッと顔を上げた。

「…………あった」

 記憶もあやふやな幼い頃のこと。
 母の料理を手伝う楽しげな自分の姿が、蒼悟の脳裏を去来する。

(あの時は……餃子を、包んだ……気がする)

「じゃあ、それがきっかけだね~、きっと」

「……楽しいと思えば続くのか。続けられたら、上手くなる?」

 首を傾げる蒼悟に帝人はニコリと微笑んだ。

「じゃないのかな。好きこそ物の上手なれ、って言うし」

「それね! ボクも、うまくフレーバーミックスできるようになってから、めっちゃタバコ作るの楽しくなったし!」

「そういうものか」

 彼は伝の横顔を思い出す。
 それから、ふっと表情を綻ばせた。

「なら……餃子、作ろう」




step.11 「餃子と眼差し」 おしまい

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