ファミリア・ラプソディア

* * *

 僕は夢を見ていた。
 夏の風、ベタつく肌、重なった唇。
 カーテンが揺れている。
 これは――昼間の続きだ。

 言いたかったこと。

 もう我慢しなくていいのなら。欲しいなら。類さん任せにしないで自分から求めたい……。

「ちょ、ちょちょ、デンデン……ストップ、ストップ! 間違ってるよ!」

「もう後悔したくないんです……」

 僕は、彼の両腕を掴むと組み敷いた。

「いやいや、こっちのが絶対後悔するから!」

 グググッと力強く抵抗されて、悲しくなる。

「どうして嫌がるんですか……? もう僕とはしたくないんですか……?」

 自分で発した言葉に、グサリと胸を抉られた。
 僕は淡泊なのだと誤解されてしまったのかもしれない。それで類さんは納得してしまったのかも。それとも、何か気づかないうちにやらかしていて、恋心が冷めてしまったのだろうか。

「ちょ、ちょっと落ち着こうか、デンデン」

 抵抗が緩んだ隙に、僕は彼にキスを仕掛けた。

「んっ、こら、わっ……んんっ……!」

 半開きになった口中へ、思い切って舌を伸ばす。しかし、当然ながらいつものような極上の口付けとはほど遠かった。いかに類さんにエスコートして貰ってばかりだったか思い知る。

「ああ、もう……へたっぴだなぁ……」

チロチロと舌を出し入れしていれば、頬を両手で包まれた。

「キスは、こうするの」

 かと思うと、深く貪られる。

「んっ……んむっ、ふ、ぁ……」

 いつものキスだった。
 大して回っていなかった頭が完全に停止する。
 僕は甘い口付けに夢中になった。
 背に手を回す。ゴロリと体勢が逆転する。

「そうそう上手。もっと舌伸ばして……」

 髪を優しく撫でられると、全身がゾクゾクした。淫らな水音が耳から侵入してきて、もどかしく熱を帯び始めた身体を更に切なくさせる。

「デンデン可愛いね……そんな一生懸命な顔して、類ちゃんとキスしてるんだ……」

 耳朶をくすぐられて、腰が揺れた。
 中心が熱く反り立つのを感じる。

「……何してんの」

 声に、突然唇が離れた。

「お、おかえり。ごめん、ちょっと手違いがあって――わふっ、ちょ、デンデン……!」

 またお預けをくらってはたまらないと、僕は必死になって相手を抱きしめる。

「伝。……おい、伝」

 肩を揺すられた。ぼんやりとそちらを向けば、ぼんやりとした視界に浴衣姿の類さんが立っている。

「はえ……? 類さんがふたり……」

「何処をどう見たら間違えるんだよ」

 僕は腕の中の相手に目を向けた。
 視界に飛び込んでくる、鮮やかな金の髪。

「え……ぁ、あれ? あれっ!?」

「あんたが今、濃厚なキスをしてた相手はニャン太だけど」

「あ…………」

 サァッと血の気が引いた。

「うっ、うわああああああああっ!?」

 小柄な身体を押しやり、僕はお尻を滑らせベッドを移動し、彼から距離を取った。

「そこまでショック受けられると、傷つくなー」

 ニャン太さんはポカンと僕を見下ろしてから、背を丸める。

「す、すみませっ……いえ、あの、ショックを受けたわけではなくてですね……っ」

 一気に酔いが冷めた。
 バーでのことから今までの情景が一気に脳裏を走り抜けた。さっきの悲鳴は、自分のやらかしに対して迸った産物だ。

「断じて、断じて、ニャン太さんがイヤだったわけじゃなくて! 自分の、その、醜態にですねっ……」

「あはは。わかってるよ」

 髪の毛をくしゃりと撫でられる。
 その手が熱く感じて、僕はビクリとしてしまった。
 と、彼は寂しげな笑みを浮かべた。

「……それじゃ、今夜は帰るね」

「は? なんで急に……」

 類さんが問う。
 ニャン太さんは気恥ずかしそうに頭をかいた。

「やー……正直、ムラッとしちゃって。このままここにいると襲っちゃいそう。場所も場所だし」

「か、帰るなら僕が帰ります!」

 僕は咄嗟に応えた。
 身体を起こすと視界がグラグラ揺れたが、関係ない。

「そんなフラつきながら言われても……」

「僕が……悪いんです……」

 ニャン太さんは、酔っ払った僕をここまで背負ってきてくれた。気を遣ってくれて、お水を飲ませたりしてくれて……そんな彼に、間違ってキスした挙げ句、追い出すなんて最低最悪、ゲスの極みだ。

 気まずい沈黙を破ったのは、類さんだった。

「伝。ここ、座れ」

 彼はベッドの中央に座ると、自分の足の間を叩いた。

「は、はい……?」

 意味がわからず、言われた通りにする。

「ニャン太はそこ」

 続いて類さんは、僕の少し前の辺りを指さして言った。

「は、なに? どうしたの」

 ニャン太さんが僕の前に正座する。
 すると、類さんに顎を掴まれた。横を向かされたかと思えば顔を覗き込んできた彼に唇を吸われる。

「る、るる、類さん……!?」

「お前、前に3人でしようって話してたろ」

 ニャン太さんに、類さんは言った。
それに、ドカン!と顔が熱くなる。

「あ、ああ、あれはっ、僕のことを気遣ってくれた発言でしてっ……」

「冗談だったのか?」

 ニャン太さんを見つめる類さんの視線は、どこか挑発的だ。
 それを受けて、ニャン太さんは目をすっと細めた。

「……自分で何しようとしてるかわかってるの」

「なんで怖い顔してんの。今までだって散々したろ」

「デンデンは、ボクたちとは違うよ」

「はぁ? 当たり前のこと言うなよ」

 部屋の温度が一気に下がった気がする。
 お腹に類さんの手が触れた。僕は不安げにその手に手を重ねる。

「……伝がイヤならやめるよ」

「その言い方はズルいでしょーよ、類ちゃん。デンデンは強く拒絶できないの知ってるでしょ?」

「お前は伝のこと侮ってるよ。本当にイヤなら言う。だろ、伝?」

 僕は顔を上げた。

「は、はい」

 反射的に頷けば、ニャン太さんは小さく嘆息した。

「……なら聞くけどさ。類ちゃんは? いいの?」

「何が?」

「ボクがデンデンに触っても」

「伝がイヤじゃなければいいよ」

「それ、答えになってないから」

 ニャン太さんが眦を持ち上げると、類さんは押し黙った。
 カーテンを選んだ時の言い争いとは、明らかに違う張り詰めた空気だ。

 僕は慌てた。

 ふたりが揉める理由なんてない。
 そもそも僕がキスなんてしなければ、ニャン太さんは出て行くなんて言わなかったし。
 類さんだって、3人でしようなどと提案することもなかったわけで。

 僕は類さんの足の間から抜け出すと、ふたりが見える場所に移動した。それから不機嫌そうに座り直したニャン太さんと、視線を落とす類さんを交互に見やってから口を開いた。

「しっ、しましょう! 3人で!」

 思い切って告げれば、ふたつの視線が一斉に僕に向く。

「や、や、やり方っ?とか、そのっ、よくわかんないんですけどっ」

「デンデン。だからね……」

「大丈夫です。イヤなら、イヤってちゃんと言えます……っ」

 ニャン太さんの心配そうな顔。
 僕は鈍い頭をフル回転させると続けた。

「もしも言えなかったら……そ、その時は右手を上げますから……!」

 一瞬、良い案を言ったと思ったけど気のせいだった。

「歯医者かな?」

「でも、歯医者は手挙げても止めてくれねぇよ」

 ニャン太さんがフッと笑って肩を落とす。  続いて、前髪をかき上げた。

「……ああ、もう。参ったなぁ」

 膝を進めて僕に一歩近づくと、彼は俯いた。

「3人でっていうのは……本気ではあったんだよ。だけど、するならもっと仲良くなってから、っていうか……そういう雰囲気になってから、って考えてたんだけど」

「今がそうじゃねぇの」

 ニャン太さんが首を振る。

「全然。この空気のどこに甘さがあるの?
……でも、このまま帰っても、気まずさを引きずるだけなのもわかってるんだ」

 そう呟いて、ニャン太さんが僕の手を取った。
 確かめるように撫でる。それから、僕を見つめたまま手の甲にキスをする。

「ニャン太さ……」

「今日で、とびきり仲良くなればいいって考えは?」

 そう言って、類さんは動けないでいる僕の逆の手を掴むと、引っぱった。
 倒れ込んだ僕を背中から抱きしめるようにする。

「……うん、そーだね。そう……」

 ニャン太さんが覆い被さってくる。
 僕は身体を硬直させた。努めてゆっくりと息を吐いて吸う。
 イヤなら右手を上げよう。右手……右手……右手だ……

「手挙げても、途中で止めらんないかもしれないけど、」

 え?

「でも、絶対に後悔させないから」

「――っ」

 僕が何か言う前に、唇が重なった。
 そのままズルリと背が滑って、僕は類さんの太股を枕に仰向けに寝転がる。

 ニャン太さんの唇が、口の端、首筋と滑りシャツが乱されていく。
 チラリと類さんを見上げると、彼は不思議な表情をしていた。
 苦しそうな、寂しそうな、でも、どこか期待するような……

「んンッ」

 類さんの長い指が濡れた唇をこじ開け、中に押し入ってくる。
 僕は自然とそれに舌を絡めた。

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