ファミリア・ラプソディア

臆病な唇とトライアングル(6)

■ □ ■

「じんせー……ほんっと、すてたもんじゃないっていいまふか……」

 伝はグビグビとお酒を仰ぐと、少し乱暴にグラスを置いた。ついで鼻をすするとワッと声を上げて突っ伏せる。

「こんな……こんな、すでぎな人がぼぐなんかのごど……す、すきだって……ぅうっ……!」

「自分に『なんか』なんて付けちゃダメよぅ。やっとアナタのこと分かる人が現れたってだけなんだから。アタシ、信じてたわ。伝ちゃんならステキな恋人ができるって」

「イサミさんんんんん……っ!」

「もう、伝ちゃん。鼻水出てるわよ~」

 イサミがすかさずティッシュで伝の顔を乱暴に拭う。それを眺めながら、寧太はしみじみと言った。

「……ちょーっと飲み過ぎちゃった?」

「ちょっとじゃねぇな……」

 カクテルを3杯ほどだったが、伝には多かったらしい。
 自分たちはほとんど酔わないし、伝もお酒が好きなようだったから止めなかったが……

 類は、イサミに顔を拭われている伝を見やる。

 驚く速度で、彼は感情豊かになった。
 いつも控えめに微笑んでいる彼だが、普段からいろいろと溜め込んでいるのかもしれない。……まあ、わかっていたことだったが。

 しばらくそんな彼を見ていたい気持ちもあったが、類はグッと好奇心を飲み込んだ。
 不調になったら可哀想だ。

「そろそろ帰るか」

「え、もうれすか?」

 更におかわりをしようとしていた伝が、きょとんとする。
 類は彼の手から空のグラスを取り上げ肩を竦めた。

「もうって、だいぶ出来上がってんだろ」

「でも……るいさんたち、ぜんぜんよってないじゃないれすか。明日は学校もバイトもありませんし、まだまだつきあいましゅよ」

「帰るっつってんの。俺らが酔うの待ってたら、あんたがぶっ倒れるわ」

「あはは。らいじょーぶですって。少しくらいむちゃして――うっ……!」

 言葉の途中で、伝が口元を抑える。

「ちょっ、デンデン!?」

「あらやだ、吐く?」

 一瞬、緊張した空気が流れたが、伝は気にした様子もなく顔の前で手を振って、ヘラリと笑った。

「すみません、ひゃっくり出ちゃって……ヒック……あ、しんぱいいらないれす。ぼく、酔ってはいたことないですから……」

「……酔っ払いの言うことは信じねぇっての」

 類は短く溜息をつくと、指先で伝の額を突く。

「っつーわけで、イサミちゃん。お会計頼むわ。あと、代行呼んで」

 次いで、イサミにクレジットカードを差し出した。

「いいけど……伝ちゃん、すぐに車乗って平気? しばらく休んでいきなさいよ」

「吐いてもうちのだし、まあ最悪なんとかなる。それより、店先でやらかしたら伝が立ち直れないだろ」

「確かにそうかも……」

 イサミが足早に店の奥へと引っ込む。
 すると、彼に指示をされたのか別の店員が水を持ってきた。

「デンデン、ほら。お水飲みな?」

「はい……いたらきます……」

 伝はフラつきながら水を仰ぐ。
 それから寧太に寄りかかって、エヘヘと笑った。

「美味しいれすねぇ……これ、何ですか……?」

「フツーのお水だよ。って、言ったよ」

「お水ですか……凄いですねぇ……」

 伝は真剣な様子で感心している。
 寧太は笑い出したいのを堪えて、伝の頭を撫でた。

「どうしよう……すっごいイジワルしたい。めっちゃ困らせたい」

 類が呆れたように肩を竦める。
 そんなやり取りをしていると、イサミが戻ってきた。

「お待たせ。カードとレシートのお返しね。
 それで代行なんだけど、今空いてる人がいないらしくてちょっと待たないとダメみたい」

「あー……金曜の夜だしね。どうしよっか、類ちゃん」

「そうだな……」

 類はチラリと寧太に寄りかかる伝に視線を向けた。
 伝は何が楽しいのか知れないが、とても上機嫌だった。が、その目尻はとろんとしていて、寝落ちするのも時間の問題のように見える。

「……代行は諦めるか」

「タクシーにするの? そっちも捕まらなさそうだけど……」

「いや、適当にどっかに泊まる。もうほぼ寝ちまってるから」

「あら、ほんと」

 ついに伝は船をこぎ始めていた。

「近くにいいホテルねぇ?」

「そこのコンビニ横の、評判よ。出来たばかりなんだけど、広くてキレイってお客さんがべた褒めしてたわ」

「そこのって、ラブホでしょ? 入れるかな?」

「あー……それもそうか」

 週末の夜は、カップルがホテルの外まで並んでいる。
 類は苦笑をこぼした。
 さすがにそこまで若くないし、同じマネは出来ない。

「うふふ、それがですね~穴場なんですよ。っていっても、普通の部屋は満室だとは思うんですけど」

「どゆこと?」

 聞けば、AVの撮影によく使われる部屋があるのだそうだ。しかしその部屋の料金が高級ホテル並みなせいで、いつも空いているのだという。

「じゃあ、そこ行ってみよっか」

「ダメならダメで、また考えればいいしな」

 類が席を立つ。

「デンデン、帰るよ~~」

 寧太が声をかければ、心地良さそうな寝息が応えた。

「ありゃりゃ。完全に落ちちゃってる」

 クスクス笑ってから、寧太は伝の腕を取り軽々と背負った。

「さすが根子さん。頼もしい……」

 目を輝かせてイサミが言う。

「そんじゃ、ごちそうさん」

「また来るね♪」

「はい! またのご来店、心よりお待ちしてますっっ!!」

 イサミは相変わらず直角に頭を下げて声を張った。
「あざーっした――っ!!」と、他の従業員も声を揃える。

 寧太の背中で伝がビクリ震えたが、目を覚ます気配はなかった。

■ □ ■

 イサミの言った通り、金曜夜の繁華街にも関わらず奇跡的にその部屋は空いていた。

「あっ、良い匂い。広いし、キレイでいいね~」

 部屋に入ると寧太は軽い足取りでベッドに向かう。

「よいしょっと」

 それから伝を寝転がすと、自分もその脇に腰掛けた。マットレスの感触を味わうようにお尻を弾ませる。

「おお~ベッドもふかふか♪」

「これなら3人余裕だな」

 類もさっそく靴を脱いで、裸足になった。伝の横に寝転がる。
 寧太はといえば落ち着きなくアメニティやら棚の中やらを見て回った。

「あー! 類ちゃん! ここ、ジンベイとか浴衣とか売ってる!」

「イメプレ用か?」

「違うっぽいよ。結構、生地しっかりしてるし」

 寧太はふたつを手に取ると類の元へ戻ってきた。

「はい、これ類ちゃんの分」

「いらねー。こんなとこで買ってどうすんだよ」

「でも、デンデンいるし……類ちゃん、着替えがないとシャワー浴びないでしょ?」

「あー……」

 類は思案を巡らせるように視線を彷徨わせた。
 その胸の内を読んだかのように、寧太が続ける。

「後で買いに行くつもりなのかもしれないけど、面倒くさいって」

「…………それもそうだな」

 彼は大人しく浴衣を受け取った。
 次いでベッドから立ち上がる。

「じゃあ、先にシャワー浴びてくるわ」

「はーい、ごゆっくり」

「……うおっ、ガラス張りかよ。ってか、ジャグジーついてる……」

 誰にともなく呟き、類は浴室に消えた。

「あれはお風呂に入るパティーン」

 寧太の言葉をなぞるように、湯を溜める音が聞こえてくる。

その時、ベッドに横になっていた伝が呻いた。

「デンデン、どう? 頭痛いとか――」

 寧太が顔を覗き込むと、突然伝は彼に抱きついた。

「で、デンデン……?」

「ずっと……ずっと、言いたかったんでしゅ。でも……言えなくて……」

 呂律が回っていない。
まだお酒が抜けていないようだ。
寧太は好奇心に駆られて、夢見心地の伝に問いかけた。

「言いたかった? 何を?」

「……エッチ、しませんかって……キスだけじゃ、足りないですって」

「あはは、それ言ったら類ちゃん喜ぶよ~」

「類しゃん……」

伝がぼやっとした眼差しで、寧太を見つめる。 それから――

「スキです……」

「あ、あれ……っ?」

彼は寧太の唇に吸い付いた。

「んむっ、むぅ!?」

 ザラついた舌がぎこちなく唇を押し開け、中へと押し入る。寧太は大きく目を見開いた。

(まさか……ボクと類ちゃん間違ってる!?)

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