臆病な唇とトライアングル(2)
* * *
フローリングの床には足の踏み場もないほど原稿用紙が散乱し、開きっぱなしの本や雑誌が山と積まれていた。
「……驚いたろ?」
類さんが気まずそうに肩を竦める。
僕は身に覚えのある光景に苦笑いを浮かべた。
「今のお仕事、かなり大変なんですね」
「いや。いつもこう」
「えっ!? でも、僕が一緒に寝てた時は……」
「急ぎの仕事がなかっただけ。あと、まあ……見栄張ってた、っつーか」
見栄って……
僕は目を瞬かせる。
類さんの頬がほんのりと赤い。
なんというか……ちょっとカワイイと思ってしまった。
「……幻滅した?」
「い、いえ、そんなことはないです」
唇を尖らせる類さんに僕は首をブンブン振る。それから目線を部屋へと戻し、袖をまくった。
「それで、あの……掃除をするのは構わないんですが、こういうのって、移動したりしたらわからなくなったりしないんですか?」
「平気だよ。一応、原稿には数字振ってるし、本は裏表紙見れば何に使った資料かわかる。
まとめてデスクの端に置いといて欲しい」
「本は開いたままの方がいいです?」
「閉じていいよ」
「わかりました」
僕はさっそく作業に取り掛かった。
「ホコリ舞いそうなので窓開けますよ。暑いですけど、少しだけ我慢してください」
「ありがと」
類さんがデスクに向かうと、コツコツとボールペンを走らせる軽妙な音が耳に届いた。
僕は床に放られた本を手に取った。
そこにはたくさんの付箋が貼ってあり、細かなメモがびっしりと書かれている。
なるだけ重なっていた順番を変えないようにしてまとめた。
やがて本を片付け終わると、原稿用紙に取り掛かった。
左下に記された数字を手がかりに整理をしながら、僕は「意外だな」と思う。
執筆というものは、てっきりパソコンで作業するものかと思っていた。
まさか、アメリカでデビューした時も郵送したのだろうか?
そんなことを考えてちらりと類さんに目をやれば、彼はデスクにかじりつくようにして筆を進めていた。
と、視線に気付いたのか彼は顔を上げてこちらを見た。
「ん? なんか困ったことあったか?」
「原稿、パソコンで書かないんだなーと思いまして」
「提出はパソコンだよ。でも初稿はなんとなく原稿用紙に書いちまうんだよな。ほら、紙って自由だから」
「なるほど……」
確かに整理している原稿にも、イラストだったり、メモだったりが自由に書き入れられている。
「順番通りにまとめたので置いておきますね」
僕は揃えたそれをデスクに置いた。
「仕事早いな」
「こういうのは得意なんです」
言って、僕は床の上に何もなくなった類さんの部屋にロボット掃除機のワンダを招き入れた。
床はそいつにお任せして、僕はダスターで棚のホコリを取っていく。
「なあ、伝」
声に振り返れば、てっきり仕事に戻ったかと思っていた類さんが未だに僕のことを見ていた。
「はい、どうしました?」
視線を彷徨わせてから、彼は立ち上がる。
ついで僕の目の前までやってくると照れたように小首を傾げた。
「元気充電させて」
「もちろんですよ。肩揉みましょうか?」
「そんなんじゃなくて……あんたのこと抱きしめたい」
躊躇いなく告げられた言葉に、ボンッと顔から火を噴きそうになる。
そんな僕にはお構いなく、彼は婉然と口の端を持ち上げた。
「……いい?」
ダメなわけがない。
「……わ、わかりました。どうぞ」
僕はおずおずと両手を広げて見せる。
次の瞬間、腰を抱き寄せられた僕は類さんの腕の中にいた。