プリンと探偵(1)
とある休日の昼過ぎ。
「なぁぁあーーーーいッッッ!!!!!」
家が振動するほどのニャン太さんの絶叫が響き渡ったのは、自室で論文用の資料をまとめている時だった。
あまりにも唐突で大きな声で、僕は椅子から転げ落ちそうになった。
「な、何事ですか、ニャン太さん!?」
メガネをかけ直しリビングへ飛んで行くと、ソウさんの膝枕で寝転がっていた類さんが、ウンザリした様子で身体を起こしたところだった。
「お前な……急にデケェ声出すんじゃねぇよ。ソウが固まってんだろーが」
「一体どうしたの?」と、帝人さんも部屋から出てくる。
「ボクのプリンが無くなっちゃったんだ! 凄く大事にとってあった幻のプリンが……ッ!」
ニャン太さんはそう言うと、開け放たれた冷蔵庫を指差す。
「冷蔵庫のここに置いておいたのに!」
「そんなことで喚くなよ。もういい年した大人なんだ」
「そんなことって! 並んで並んでやっと手に入れた1個3000円の幻プリンなんだよ!? 夢に見るほど食べたかった高級プリンなんだよ!?」
そういえば昨晩、興奮気味に帰ってきた彼から話を聞いた気がする。
何度トライしても買えず、やっとひとつだけ手に入れられた幻のプリン……それを、明日微睡みながら、ゆっくりゴロゴロ優雅に食べるのだと満面の笑みを浮かべていたっけ。
「落ち着いてください、ニャン太さん。一緒に冷蔵庫の中を探してみましょう?」
もしかしたら買い物した食材を詰め込んでいた拍子に、奥へ移動してしまったのかも。あれだけ嬉しそうにしていたプリンを誰かが勝手に食べたとは考えづらい。
「うぇえん……ありがとう、デンデン……!」
僕らは手分けして冷蔵庫の中を探した。
でも、プリンらしきものは見当たらない。
と……
「寧太。これは?」
フリーズが解けてキッチンにやって来たソウさんが、水切りカゴを指さした。
「……ウソ」と、それを目にしたニャン太さんの顔から血の気が引いていく。
そこには、まだ水滴がついたままの小さな瓶が置かれていた。
「誰かが……食べちゃったってこと……? ウソでしょ……?」
どうやら件のプリンの容器だったようだ。
俯いた彼は握りしめた拳を震わせた。
「ふ、ふふ……みんな、いるね……?」
それから暗い笑顔で家族一同を見渡した。
フツフツと彼の背後に怒りの瘴気か揺れるのが見えて、冷や汗が吹き出す。
「ねぇ……誰が食べたの?今すぐ謝ったら、許して『は』あげるから正直に手を上げて?」
許して貰えても無事では済まなさそうだ……
シンと静まり返ったリビングに、バラエティ番組の笑い声が響く。
手を挙げる人は誰もいない。
「……そう。自首しないつもりなら、ボクにだって考えがあるんだから」
やがて、たっぷりと間をおいてから、ニャン太さんは自分の部屋に消えていった。
それから彼は、インバネスコートを羽織り、鹿撃ち帽ーーシャーロックホームズスタイルで戻ってきた。
「犯人は――この中にいる!」
ビシッと指さし、高らかな宣言を下す。
「そうだろうな。俺ら以外が犯人だったら恐怖だわ」
類さんがカフェオレを啜ってから、肩をすくめた。
――こうして、犯人探しが始まった。