ファミリア・ラプソディア

少年たちと青春の残像(7)

* * *

 終電に飛び乗りボクはソウちゃんのアパートに向かった。
 待ちきれずにチャイムを連打すると、類ちゃんが顔をしかめて出てくる。

「深夜に何度も押すなよ。近所迷惑だろうが――」

 ボクは扉が開いた瞬間、彼に抱きついた。

「うおっ!! に、ニャン太!?」

 勢いを付けすぎたせいで、類ちゃんが尻餅をつく。
 ボクは彼を床に押し倒すと、戸惑う彼の顔を真っ直ぐ見つめて口を開いた。

「ねぇ、類ちゃん。もう一回だけでいいから、期待してくれない?……家族に」

「は? 家族?」

「類ちゃん。ボクら、家族になろう」

 それから、物音を聞きつけてやってきたソウちゃんを見上げて続けた。

「ソウちゃんも!」

 類ちゃんが形のいい眉を寄せる。

「ニャン太……お前、突然帰ってきたと思ったら何言ってんだ? 来る途中で変なもん食った? それとも、車に轢かれて頭でも打った?」

「ちゃかさないでよ。ボク、本気なんだから」

 彼はボクの下から抜け出すと、身体を起こした。それからトンとボクのことを押しやる。

「……家族になるって、なんだよ。意味わかんねぇよ」

「うまく説明出来ないんだけどさ……ボクさ、ずっと類ちゃんと一緒にいたいんだよ。友達にはこんな風に思わないでしょ?」

「俺といたって、お前には何の得もねーじゃん」

「あるよ。類ちゃんの笑顔を1番に見れる。類ちゃんが嬉しい時は一緒に喜べるし、悲しい時は一緒に泣ける」

「それのどこが得なわけ」

「めちゃくちゃお得だよ。スキな人といろんなこと共有できるって。ね、ソウちゃん?」

「俺は嬉しい」と、ソウちゃんが頷いてくれる。

 類ちゃんは唇を噛むと、顔の前で腕を交差させた。

「……やめてくれ。俺は……俺はダメなんだよ。お前らみたいにはなれない。そんな風に気持ちを向けられても、応えられない」

 類ちゃんは優しい。
 適当に話を合わせて、利用することだってできるのに、そうしない。

 ボクらのことを思って、精一杯遠ざけようとしている。
 それは、彼の弱さと優しさの表れだ。

「応えなくていいよ。類ちゃんはただ受け取るだけでいい」

 ボクは彼の中に種をまきたいと思った。
 いつか花開く種を……それを育てたいと思った。
 そんな愛し方ができたらステキだなと思った。

「それで……いつか誰かのこと好きになれたら、その時はみんなでお祝いしよう」

 ……その誰かはボクではないかもしれないけれど。

 類ちゃんが腕をキツく目元に押しつけて、息を引きつらせる。

 ソウちゃんは、そんな類ちゃんの髪を優しく撫でた。

* * *

 その夜、ボクは帝人に類ちゃんと家族になるとメールをした。決意表明みたいな、後で読み返すとよくわからない内容だった。でも、帝人はボクの言いたいことをわかってくれた。

 卒業後、彼もまたボクらと合流した。
 さすがにワンルームだと狭いってことで、もう少しだけ広い部屋を借りて。家賃が心配だったけど、予想外のことに帝人が来たことで生活水準が上がった。ボクとソウちゃんの給料より帝人の仕送りの方が多かった。

「こういうのって、オープンマリッジって言うんだって」

 引っ越しを終えてピザを食べていると、おもむろに帝人が言った。

「おーぷんまりっじ?」

 首を傾げると、

「複数の相手と結婚すること」と、教えてくれる。

「結婚っ!?」

「あれ? 家族になるって、そういうことじゃないの?」

 漠然と家族になれたらいいなぁと思ってたけど、言われてみればボクらの関係性は夫婦に近いのかもしれない。血が繋がっていない他人同士が家族になるんだから。

「わかった。結婚する」とソウちゃん。
 ボクもすかさず「賛成!」と手を上げた。

「結婚てな……どう考えてもルームシェアだろ」

 類ちゃんがピザの上からピーマンを取り除きながら言った。

「ルームシェアの相手とはエッチしませんー。ちゃんとボクらの間には愛があります」

 ボクはその空いたスペースに別のピザからナスを取って置きながら告げる。

「……なんとか言ってくれよ、帝人」

 類ちゃんが背中を丸める。それに帝人は微笑んだ。

「俺も類のこと好きだから一緒に結婚しようかな」

「そうだったの!?」

「わかりやすいと思ってたけど……」

「……俺に友達はいないのか?」と、類ちゃん。

 それに帝人はクスリと苦笑した。

「類は魔性なんだよ。気が付いたら強烈に惹かれてて、もう後戻りできなくなってる」

「なんだそりゃ」

 帝人はふと笑いを引っ込めると、ゆっくりと目を閉じた。

「なんだかね、俺……凄くワクワクしてるよ。こんな気持ちになったの、初めてかもしれない」

 それから、ボクらの顔をひとりひとり見てから目を細めた。

「俺さ、家族って選べないと思ってたから。今、凄く満ち足りた気持ちになってる」

「そーゆーのハズいから、パス」と、類ちゃんが顔を逸らす。

 ボクは姿勢を正して正座した。

「不束者ですが、よろしくお願いします」

 頭を下げると「こちらこそ」と、帝人とソウちゃんも同じようにする。

「……マジで意味わかんねぇ」

 類ちゃんは誰にともなく呟いて、コーラをペットボトルのまま仰いだ。

 その日から、ふわっとした共同生活が始まった。

 価値観のズレで揉めることもあったし、類ちゃんの体調が悪化してハラハラすることも何度もあった。

 でも、その度にみんなでいろいろ話し合って、解決していった。

 ――類ちゃんから、気になる人ができたと言われたのはそんな生活が10年近く経ってからだ。

■ □ ■

 ニャン太さんは話を終えると、僕を真っ直ぐ見た。

「類ちゃんが初めて、自分から一緒にいたいって思った人。それが――デンデン。君だったんだよ」

「僕……」

 僕はギュッとズボンを握りしめた。そうしていないと、堪えている涙が溢れ出しそうだった。

「君の話を聞いた時、そりゃ、ちょっとだけ寂しく思ったけどさ。でも、それ以上に嬉しかった。類ちゃんは誰も好きにならないって言ってたから」

 ね、とニャン太さんはソウさんに同意を求めた。
 ソウさんが微かに微笑んで頷く。

「デンデンのこと話すようになってね、類ちゃんはボクらの関係を真剣に考えてくれたんだよ。君に家族だって紹介してくれるほどに」

 嬉しかったなぁ、とニャン太さんが呟く。
 帝人さんは小さく吐息をこぼすと口を開いた。

「……本当はね、君とみんなといつまでも楽しいまま暮らしていたかった。過去は過去で、今更どうすることも出来ないから。でも、それを……類の病気が許してくれない。類は今もお父さんに囚われていて、俺とニャン太も未だに自分の行いを振り返って後悔する事がある」

 帝人さんは1度言葉を句切ると、足の間で組んでいた手を握りしめた。

「だから、当事者じゃない君を巻き込みたくないんだ。君は過去と関係ないから」

「でもボクはデンデンのことを巻き込みたい」

 ニャン太さんが言った。

「ボクらは、君が思ってたような家族と違うかもしれないけど。でも、いいとこも悪いとこも全部知って受け入れて欲しい。わがままなことだと思うけど、一緒に類ちゃんのこと支えて欲しい」

 それから彼は少し気恥ずかしそうに頭をかいた。

「それで、許されるなら……ボクは……愛してる人が惹かれた君を一緒に愛してみたい。一緒に愛を育んでみたい。あ、デンデンは類ちゃんだけが欲しいかもしれないけど、まあ、お菓子についてるオマケみたいに思ってくれればそれで――」

「……贅沢すぎます」

 僕は首を振った。

「そんな……僕なんかに……贅沢すぎますよ……」

 もしも、類さんが初めて僕を好きだと思ってくれたのなら、それは全てニャン太さんたちのお陰だ。
 ニャン太さんたちがたくさん類さんを愛してきたお陰だ。

「話してくれてありがとうございました」

 僕は唇を引き結んで、涙を堪えると精一杯の笑顔を浮かべた。

「僕の答えは変わりません。楽しいことだけじゃなくて、悲しいこともつらいことも、全部分けて欲しい。類さんのこと支えさせて欲しい」

「伝くん……」

「帝人さん、僕もっとしっかりします。大丈夫です、って信じてもらえるように。そして……僕も、ニャン太さんたちのこと愛してみたい」

「デンデン……!」

 ニャン太さんが僕に飛びついてくる。
 僕は彼の小柄な身体を抱きしめ返した。

 未だに、僕には家族というものはわからない。
 それでも、ここにあるぬくもりは優しくて、何よりも大事に思う。

 この人たちが大切に守ってきたものを、僕も守ろう。
 どんなにつらいことがあったって。
 絶対に手放したりしない。

 ――そう、強く思った。




『ファミリア・ラプソディア』3部おしまい To Be Continued

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