少年たちと青春の残像(6)
確信のこもった声音に、ボクは目を瞬き……やがて、コクリと頷いた。
事実を述べるならセフレに近かったが、そんなことを素直に言ったら、更に話がややこしくなりそうだからやめておく。
母は困ったように頬に手を当て、小さく微笑んだ。
「……だとは思ってたのよ。あなたがこんなに長い間、続けて外泊するのって初めてだしね」
父が「遂にニャン太にも春がきたかー」なんてのんきに相づちを打つ。
母は1度嘆息してから続けた。
「まあ、何が言いたいかって言うと……節度ある付き合いをしてね、ってこと。あなたはまだ学生で、責任なんて取れないんだから」
「わかってるよ」
ボクは曖昧に笑って頷く。
最近はとても節度ある生活をしている。最近は。
「ところで、全く受験の話を聞かないんだけど、そろそろ願書の受付が始まるわよね。準備してるの?」
「それなんだけどさ。ボク……高校卒業したら、大学には行かないでバイトして家を出ようと思ってるんだ」
ちょうどいいから、考えていた進路を口にした。
「えっ、どうして?」と、母が眉を持ち上げる。
「こ……恋人と、暮らしたいから」
すると、母と父が目配せした。
空気がガラリと変わったのがわかって、少し戸惑う。
母はとても言いにくそうに、でも、すぐにボクを真っ直ぐ見つめて口を開いた。
「もしかして相手の子……赤ちゃん出来た?」
「はぇっ!?」
変に声が裏返って、咳き込む。
「いや、いや、ないよ。ないない! そもそも子どもできないし!」
「できない……?」
母がちょっと心配そうに顔を曇らせる。
「えっと、えっとね……」
ボクは言葉に詰まった。
いざ、相手が同性だと告げようとすると、ちょっと勇気がいる。
「……相手、男の子なんだ。だから、その、お母さんたちが心配してるようなことは、なくて」
父が得心したような顔をして、あぐらを組み直す。
類ちゃんのことだって気付いたのかもしれない。
一方、母はうん、と悩ましげに唸った。
「……そういえば、去年、うちに連れて来たいって言ってたクラスメートがいたわね。その子?」
「そう」
「……よくわからないんだけど、学生しながらお付き合いすればいいじゃない。今だって外泊してるわけだし」
「彼、心の病気で……支えてあげたいんだ。不安定な時とか、融通きくバイトしてたらすぐに対応出来るでしょ?」
「支えるって……待って、ニャン太」
母は額に指先を当てた。
「その子が大変なのはわかったわ。でもね、何もかも恋人中心に考えちゃダメよ。あなたはあなたの人生を生きなくちゃ。別れた時、絶対に後悔するわ」
「……別れないよ」
そもそも片思いだから、別れるとかもないんだけど。
「わからないでしょう? あなたはまだ高校生で、これからもっと好きになる人ができるかもしれない。それに、相手が男の子ならなおさら結婚出来るわけじゃないし……」
「それ、結婚できたら良かったってこと?」
「……社会的に認められる関係になれるなら、話はまた違ってくるわ」
「……なんで、お母さんがそんなこと言うの」
パートナーが3人もいる母は、一般的に認められない側の人間なのに。
「私だから言うのよ。一般から外れたことをすると苦労するって知ってるから。
あなたは今、恋に夢中で周りが見えなくなってる。何も付き合うのをやめなさいとは言ってない。ただ、冷静になって、未来を狭めてしまう選択はしないでって言ってるのよ」
「冷静に考えて、進学しないって決めたんだよ」
「病気の人を支えるって、並大抵のことじゃないのよ。働いて、その子を支えて、なんて、あなたには無理だわ」
ボクはムッとして言い返す。
「そんなのやってみなければわからないでしょ」
確かに今の自分には、支える大変さはわからない。ソウちゃんがどれだけ頑張っているのかもピンと来ない。
でも、だからって始まる前からムリだなんて決めつけて欲しくない。
「そうだけど……でもね……」
「いいじゃないか。ニャン太の決めたことなんだから」
助け船を出してくれたのは、父だった。
「やってみてムリだったら帰ってくればいい」
「それで苦労するのはニャン太なのよ?」
「お前も言ってたろ。ニャン太の人生だって。苦労したって、それこそニャン太の人生さ」
「そんな適当なこと言わないで、真剣に考えてよ!」
母が怒る。それに父は穏やかに微笑んだ。
「真剣だよ。真剣にニャン太の幸せを応援したいと思ってる」
「私だってそうしたいわよ。でも……苦労するってわかってて応援なんて……」
母が言葉を詰まらせて、俯く。
父が代わりに続けた。
「母さん、寂しいんだよ。家族で1番甘えん坊だったお前が家に帰ってこなくて」
ボクひとりがいなくても、別に平気だと思ってた。
『ちゃんと家には帰った方がいいよ』と帝人が言っていたけど、このことだったのかもしれない。
ボクは素直に頭を下げた。
「ごめんなさい。心配かけて」
「……高校卒業するまでは、1週間に一度は帰ってきてよ。その子と家族になっても、私たちとだって家族のままなんだから」
「家族……」
言葉にボクは目を瞬く。
「家族に……なれるかな」
「どういうこと? 支えたいって、そういうことなんじゃないの」
母が訝しげにする。
ボクは頷いた。
「……そういうことかも」
* * *
ボクは今すぐ類ちゃんたちに会いたくてたまらなくなった。
朝まで待ちたくない。今すぐこの気持ちを伝えたい。
アパートに戻ると言ったら、母は呆れていた。
でも、一旦顔を見せたってことで許してくれた。
「お母さんさ、あんたが思ってるより100倍は心配してるよ」
出かける準備をしていると、1番上の姉に声をかけられた。
「メンタルヤバイ相手とは付き合わない方が絶対いいって。あんた、今はボクがいなくちゃー、って自己陶酔してるけど、後で、なんであんなムダな時間をって思うよ」
「一生添い遂げるつもりだから、ムダになんて思いません」
ボクはリュックの口を閉めると立ち上がる。
「は……? ちょっと、それって……」
「じゃあ、行ってきまーす!」
ボクは階段を駆け下ると、靴を引っ掛け玄関を出た。