ファミリア・ラプソディア

少年たちと青春の残像(5)

* * *

 出席日数が足りなかったので、類ちゃんは土日と冬休みの補習が決定した。
 担任の先生が彼の境遇にとても同情的だったことや、病院で貰った診断書のお陰で何とか卒業はできそうだ。

 ボクはといえば、ソウちゃんのアパートに入り浸っていた。
 というか、帰るのが面倒になって住み始めた。

 類ちゃんと一緒にソウちゃんにいってらっしゃいを言って、一緒に登校する。
 補習中は図書室で待っていた。

 帝人にも連絡をし、ボクらはまた集まった。学校ではなくソウちゃんのアパートに。

「すっかり勝手知ったる家だね」

 ソウちゃんの部屋を興味深そうに眺めていた帝人が、家主に代わってお茶とかお菓子とか用意するボクに苦笑する。

「まぁね~。ぶっちゃけ、ソウちゃんよりもボクのがここで過ごす時間は長くなりつつあるし」

 近場の安いスーパーとかは、確実にボクの方が知っている。

「お待たせ」

 ボクは丸テーブルに4人分のココアを運んだ。
 それを帝人がニコリと笑って受け取る。

「うん。ありがとう」

 4人ではテーブルを囲めず、類ちゃんは畳んだ布団に座っていた。

「ってか、集まるのは受験終わってからでも良かったのに」と、類ちゃんが言った。

「お前、今1番忙しい時期だろ?」

「また連絡が取れなくなるかもしれないからね」

 帝人がココアを飲みながら答える。
 それに類ちゃんは肩をすくめた。

「……悪かったって」

「別に責めてないよ? 3人で仲良くしてても全然気にしてないし。本当、全然、気にしてないし」

 すまし顔で帝人が繰り返す。
 それにボクと類ちゃん、ソウちゃんは顔を見合わせた。

「あう……それは……」「だから悪かったって」「ごめん」

 3人の声が重なると、帝人がフッと噴き出した。

「冗談だよ。でも、次からは俺のことも頼って欲しいな。……やっぱり少し、寂しいからさ」

 ボクらは頷いた。

 すぐに連絡すべきだったのはわかってはいたけど、類ちゃんの不調もあったし、ボクはボクでグルグルしてしまっていて、何て言えばいいのかわからなかったのだ。
でも、帝人と同じ立場だったらボクだって寂しく思っただろう。猛省する。

「それで、ソウは仕事どうなの? もう慣れた?」

「慣れた」と、ソウちゃん。

「帝人は変わらず医学部目指してんの」

 類ちゃんが尋ねると、帝人は暖を取るようにマグカップを両手で包み込んだ。

「そのために勉強してきたようなものだから。類は、卒業後の進路は決めてるの?」

「フツーに働くよ。っつって、バイトだけど」

 ココアを取りに手を伸ばしながら答える。

「……類。もしかして、出て行くつもりか?」

 ソウちゃんが眉根を寄せる。

「えっ!?」ボクは予想外の言葉に声を裏返らせた。

「さすがにいつまでもソウにおんぶに抱っこでいるわけにゃいかねぇからさ」

「いやいやいや、類ちゃん自分の体調考えてる!?」

「最近、だいぶマシになってきたろ」

「確かに酷い時よかは落ち着いてはいるけど、まだまだ波があるじゃん。マシじゃない時、ひとりでどうするつもり?」

「ここにいればいい」

 ソウちゃんの言葉にボクは何度も頷いた。ここはボクんちじゃないけど。

「……イヤなんだよ。頼ってばっかで」

「そうやって何でもかんでもひとりでどうにかしようとするの、類ちゃんの悪いクセだよ。ボクらがどれだけ心配するかわかってる!?」

「お前は俺の親か」

「少なくとも、友達以上だとは思ってるから」

「……うぜぇ」

 そんな悪たれ口をつき、類ちゃんは俯き加減にココアに口を付けた。
 ちょっと前のボクなら、鬱陶しがられたと慌てたかもしれない。でも今は、単に類ちゃんは好意を素直に受け取れない奴なんだと知っている。そこが可愛く感じることもあるけど、今日みたいな時は歯がゆい。

 と、ボクらのやりとりを静かに聞いていた帝人が類ちゃんに身体を向けて、小首を傾げた。

「類はソウと暮らすのイヤなの?」

「……そんなことはねぇけど」

「なら、俺もふたりの意見に賛成かな。もう少し、このままソウに甘えた方がいいと思う」

「……」

「それで大学進学したら?」

 ズズッとココアを啜っていた類ちゃんが、眉根を寄せてマグから口を離す。

「……お前、俺の話聞いてた?なんでそうなる?」

「本調子じゃないのに社会に出るのは大変なんじゃないかなって。まだ学生の方が融通利くと思ったんだよ」

「学費とか色々ムリだっつの」

「国立ならそこまでかからないし、それにそのための奨学金でしょ?就職を考えるなら、大卒のカードは美味しいと思うよ。正直、類ならいいとこ入れると思うし」

「そうしろ」と、強い口調でソウちゃん。
 類ちゃんは首を左右に振った。

「大学出たからって就職できる保証はねぇよ」

「猶予だよ、類。自分の身体と付き合うコツを掴むための。卒業後すぐに社会に出たとして、もしもまた体調を崩したら?空白期間作る方がやり直し効かないと思うんだ」

 1度言葉を区切り、彼は真っ直ぐ類ちゃんを見つめる。

「心の病気って、一朝一夕で治るようなものじゃないと思う。誰にも頼りたくないと思うならそれこそ、目先のことに囚われないで、しっかり付き合い方を学ばないと」

「そうかもしれねぇけど……でも……」

「誰かに頼るのって勇気がいるけどさ、そもそも人はひとりじゃ生きていけないものだよ。幸い君には支えてくれる人がいる。甘えるのが申し訳ないと思うなら、後で恩返しすればいいじゃないか」

 類ちゃんが目を瞬かせる。
 それから唇を触ると思案げにした。

「……考えてみるわ」

 彼の呟きに、ボクとソウちゃんはホッと胸を撫で下ろした。
 ボクだったら「心配だよ!」と感情に訴えることしか言えなかっただろう。それだけだと類ちゃんを説得するのは難しい。
 帝人がいると安心感が違うなぁ、なんて思っていたボクは、ふと、まだ定まらない自分の進路を思った。

 ボクはどうしよう?

 大した理由もなく、進学して、就職するつもりだったけど、帝人の話を聞いていたらそれじゃダメな気がしてきた。

 大学に行くなら、ここから通える場所がいいなとか。類ちゃんが動けなくなった時に休めるような緩い学部にしなくちゃ、とか。
 類ちゃんと同じ所に行ければそれが1番いいんだけど、ボクじゃ頭が足りないし……って、何もかもが類ちゃんに繋がってしまう。

 というか、それなら大学に行く必要なくない?
 むしろシフトが自由なバイトして、生活支えるのがベストでしょ!

 少し興奮気味に、ボクは冷めたココアを喉に流し込んだ。

* * *

 帰る帝人を、ボクと類ちゃん、ソウちゃんの3人で最寄り駅まで送った。

 夜風が冷たくて、みんなコートのポケットに手を突っ込み、背を丸めて歩いた。
 吐く息が白い。去年の今頃はソウちゃんがいなくて、ボクらはギクシャクしていたっけ。

 ふと、顔を持ち上げると頭上に星空が広がっていた。

「また来てもいい?」

 改札へ歩き出そうとした帝人が振り返って問う。

「いつでも大歓迎!」

「お前の家じゃねー」

 諸手を挙げて答えると、すかさず類ちゃんが突っ込んできた。

「もうボクはソウちゃんちの子ですー」

「お前の方が年上だが」とソウちゃんが戸惑う。
 それに帝人がクスクスと笑う。

 ああ、いいなぁ。この感じ。

 久々のやり取りが楽しかった。
 ソウちゃんと類ちゃんと3人でいると、友達よりもベッタリくっついていることが多かったから。
 もちろん、そんな時間の過ごし方も好きだけど、だからってじゃれ合うような関係がいらないわけではない。

「でも……ニャン太。ちゃんと家には帰った方がいいよ」

 すると、微笑んでいた帝人がふと真面目な表情で口を開いた。

「え? 連絡してるから平気だよ」

「そういう問題じゃなくてね」

「べ、勉強もちゃんとしてるし……!」

「うーん、そうじゃなくて……」

 帝人はどう言ったものか悩んでから、「ま、いいか」と会話を切り上げた。

 帝人と別れて、ボクらはアパートに戻った。
 いつものように夕飯を3人で作って食べる。

 母さんからメールが届いたのは、ちょうどシャワーを浴びた後だった。

『話があるので、今日は帰ってくるように』

 ボクは渋々、帰る支度をした。

「明日の朝には戻ってくるから」

「いや、ムリすんなよ。どーせ学校には来るんだろ?」

「ムリじゃないし!」

 ここ数日の類ちゃんを見ている限り何も心配はないだろう。じゃあなんでわざわざ朝に戻ってくるかと言えば、単にボクがイヤなのだ。
 学校で会うのと、一緒に登校するのでは月とスッポンくらい意味合いが変わってくる。

 ボクは「朝来るからね!」と繰り返し、アパートを後にした。

 家に帰ると、思ってた以上に重い雰囲気で、母と父が待っていた。

「えっと……話ってなに?」

 おずおずとリビングのソファに腰を下ろす。
 すると、短い間、言葉を探すようにしていた母が口を開いた。

「……ニャン太。最近、外泊が多過ぎるんじゃない?」

「それは、ごめんなさい」

「誰の家に泊まってるの?――恋人、なんでしょ?」

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