少年たちと青春の残像(4)
* * *
夕食を3人で食べてから自分の家に帰ったボクは、もやもやしながらお風呂に浸かっていた。
頭のてっぺんまでお湯に潜り、プクプクと息を吐く。
……類ちゃんに会うと、凄く心が痛くなる。ささくれ立つ。
人肌で埋め合わせたくなる彼のつらさに思いを馳せた。
彼が、仕方なくボクをソウちゃんの代わりにしていたとしたら、どんなに良かっただろう。
ボクは彼を慰めることに徹することが出来たし、少しでも役に立てて良かった、なんて前向きに思えたかもしれない。
でも、今の状況はだいぶ違う。
彼はソウちゃんでもボクでも誰でも構わないみたいだった。加えて、いたずらに引っかき回すような……ソウちゃんの気持ちを踏みにじるような軽口を叩く。ただただ類ちゃんが好きで、大事にしている彼のことを。
そんな類ちゃんを見ると、自分のことは棚に上げて嫌な気持ちになるのだ。
前は、類ちゃんと一緒にいると泣きたくなるくらいに優しい気持ちになれたのに……心を病むって、こういうことなのだろうか?
ボクはお湯から顔を出した。
ポタポタと前髪から水滴が落ちる。
そもそも……ボクがしなきゃいいだけなんだけど。
溜息がこぼれた。
気付くと類ちゃんのせいにしようとしている。クズは誰だ?って――ボク自身だ。
「……苦しい」
類ちゃんを支えたいと思う。その気持ちにウソはない。
でも彼といると、汚い自分と目が合う。
『イライラしながら俺に付き合う必要ねぇぞ』
類ちゃんの言葉が耳の奥で蘇った。
他人事みたいだったな。
苛立たせてる自覚があるなら、止めて欲しいのに。
まるでわざとやってるみたいじゃないか――そんなことを考えたボクは、はたとした。
* * *
翌日も変わらずボクはふたりの待つアパートに向かった。
類ちゃんと一緒に、仕事へ出掛けるソウちゃんを見送る。
「ニャ~ン太」
台所で花瓶の水を換えていると、類ちゃんが背後から抱きついてきた。
「お楽しみのお時間でーす」
ちゅ、と耳朶に唇を押し付けて囁く。
手がさわさわと脇腹をくすぐる。
ボクは1度深呼吸すると、彼に向き直った。
それから手を引き彼を布団に放る。
「お、ヤる気満々じゃん」
そんな軽口を叩く彼の胸に、ボクはさっき寄ったコンビニの袋を放った。
「なんだこれ?」と類ちゃんがキョトンとする。
袋を覗き込んだ彼は、中身にちょっとだけ驚いたような顔をした。それでボクは、自分の考えがあながち間違ってないんじゃないかと思った。
類ちゃんはボクのことを……遠ざけようとしている。
たった一人の家族だったお父さんを亡くして、その後、共に暮らした新しい家族には理不尽な理由で追い出されて。
彼はもうひとりでいようと決めたのかも、とか考えた。
といっても、結局のところそれはボクの妄想の域を出ない。
「ゴムとローション。ソウちゃんの使い続けるのさすがに気が引けるしね」
言って、ボクはシャツを脱ぎ捨てる。
それから真剣に続けた。
「……なし崩し的にエッチするのやめるよ」
昨日、一晩考えて導き出した自分の答えを口にする。
『類ちゃんが誘うから』
『ソウちゃんが困るから』
言い訳はいくらだって挙げることができる。
でも、ボクがここにいる理由なんてとてもシンプルだ。
ボクは類ちゃんが好き。
だから、彼にキスをしたい。恋人みたいに触れたい。
ソウちゃんが類ちゃんを好きだって知ってても、この気持ちを止められない。
……もう言い訳はしない。
ボクは身勝手で、ダメなヤツだ。類ちゃんが欲しくて離したくない。常識も倫理も無視して、ボクの心は壊れたコンパスみたいに彼の方を向いてしまう。
「ボク、類ちゃんとエッチするの好きだし」
「好きって……昨日まですげーイライラしてたじゃん」
「もう平気。吹っ切れた」
ニッと笑って、口付ける。それからいつもみたいに、類ちゃんのズボンを下着ごと引っ張り下ろした。
ボクを遠ざけるために彼が何かを企むなら、ボクはその10倍も100倍も自分の「好き」を確認しよう。そうして彼を離さない気持ちを確固たるものにするのだ。
類ちゃん、残念だったね。
ボクはかなり面倒なヤツで、しつこいんだよ。
* * *
だんだんと類ちゃんの言動にトゲが無くなった。
時間が解決したのか、ボクが開き直ったことで、彼は苛つかせようとしても無駄だと思ったのかは知れない。気が付いたら、彼はソウちゃんにも今まで通り接するようになっていた。
しばらく自堕落な日々を過ごしていると、彼は「もうエロいこと飽きた」と言って、ボクと一緒に外へ散歩に出た。
「あー……目がしぱしぱする」
秋晴れの下、公園のベンチに座って、類ちゃんはおじいちゃんみたいなことを言った。
「久々の太陽光だからね~」
ボクはクスクス笑ってそれを聞く。
「ってか、暇過ぎて死にそう。蒼悟、バイトさせてくんねぇし」
「……じゃあさ、学校戻らない?」
ゲンナリとした様子で天を仰ぐ彼に、ボクは少し勇気を振り絞って口を開いた。
「は……?」
類ちゃんが戸惑ったように目を瞬かせる。
「まだ辞めてないんでしょ? だったらとりあえず卒業だけしとけば? あとちょっとだし」
たぶんソウちゃんは、学校ならオーケーを出すんじゃないかな。
ボクも傍にいるし、不調になったら何かしらのアクションは取れる。
「……今さら行くの、ハズい」
ポツリと呟く彼の背中を、ボクはそっと撫でた。
「受験の準備でほとんど登校してきてないよ」
「うん……」
久々に強がってない類ちゃんに出会えた気がして、嬉しかった。
ソウちゃんは学校に行くことを話すと少し心配げにしたけど、すぐにオーケーした。彼も家に籠もりっぱなしは良くないと思っていたみたいだった。
制服や保険証は陽樹くん――類ちゃんの親戚の、あの中学生の男の子が対応してくれた。
病院に連れて行って薬を貰って、そして彼はボクと一緒に学校へ戻った。
11月の、終わりの頃だ。