少年たちと青春の残像(3)
* * *
「ただいま」
22時を回る頃、ソウちゃんが家に帰ってきた。
それをボクは土下座して迎えた。
「……何してる、寧太?」
訝しげにするソウちゃんに、ボクは床に額を付けたまま声を絞り出す。
「……ごめんなさい。類ちゃんとエッチしました」
「誘ったのは俺な」と、類ちゃんが軽い調子で挟んできた。
「類ちゃん、待って。ボクが説明するから……」
「すげー焦らしてきてさ、なかなか挿れてくんねぇの。まあ、挿れてからは全然離してくれなかったんだけど――」
「類ちゃん!!」
さっきまで気怠げで口数も少なかった類ちゃんは、なんでだか饒舌だった。
一方、ボクはソウちゃんに対する申し訳ない気持ちと、友達を裏切った自分への苛立ちと、わざわざ心を逆撫でするような類ちゃんの物言いが重なって混乱していた。
感情がぐちゃぐちゃで、顔が熱い。自分が悪いのは100も承知だけど、泣きそうだった。
「お前は特別なことに考え過ぎなんだよ。オナニーの延長みたいなもんじゃん」
「ボクはそんな風に思わない。キミのこと好きだから」
涙を堪えながら、類ちゃんに言う。
と、1テンポ間があって、それから彼は吐き捨てた。
「……面倒くせぇ奴」
ソウちゃんはしばらく何も言わず立っていた。
彼がどんな表情をしているのか怖くて、顔を上げられない。
すると、ソウちゃんの足音が遠ざかった。
恐る恐る顔を持ち上げれば、彼は夕飯の食材が入っているのだろうスーパーの袋を冷蔵庫の前に置いていた。ついで、こちらを振り返る。
「夕飯はハンバーグでいいか?」
ボクは眉根を寄せた。
どういうこと? まさか……ミンチにするぞって、こと!?
でも、ソウちゃんはいつもと変わらず、あんまり感情の見えない表情で首を傾げていた。
「は……ハンバーグ、好きです」
ボクはポカンと口を半開きにして応える。
ハンバーグになるのは痛そうだ。でも、それだけのことをボクはした。
覚悟を決める。けれど、
「そうか」
彼は小さく頷くと踵を返した。
肉を冷蔵庫に入れて、シンクの中にタマネギを転がす。続いて水音が耳に届いてきた。
……え?
本当に、夕飯のことを尋ねただけ?
そんな……嘘でしょ?
「そ、ソウちゃん、あの、ボク……」
無かったことにするつもりとか?
……それだけ傷付けたということだ。
唇を引き結ぶ。責められないことがこんなに苦しいなんて知らなかった。
ボクは項垂れた。
「蒼悟。無視してやんなよ。応えないとニャン太、ずっと土下座したまんまだぜ」
類ちゃんが言う。
ソウちゃんは野菜を洗っていた手を止めると、キョトンとしてこちらを向いた。
「……何を応えればいい?」
「ニャン太、さっき謝ってたろ」
「謝られる理由がないが。お前と寧太の問題だ」
「だとさ」
気が付くと類ちゃんは布団から起き上がってきていて、裸足でボクのお尻を軽く蹴ると、ソウちゃんの隣に何食わぬ顔で並んだ。
ボクは呆然としてふたりを見上げる。
「手伝うよ。ハンバーグ」
類ちゃんが言うと、ソウちゃんは驚いたように目を瞬かせてから微笑んだ。安心したように。……心から嬉しそうに。
ボクは混乱する。
「ソウちゃん……本当に、怒ってないの」
「どうして怒るんだ?」
「いや、だって……ソウちゃんの好きな人とボク、エッチしちゃったんだよ?」
しかも彼の部屋で。彼が仕事に行っている最中に。
「だから?」
「だから、って……」
ソウちゃんはどうやら本当に『怒る理由がない』と思っているらしい。
「……ソウちゃんは、類ちゃんのこと好きじゃないの?」
「好きだが」
ソウちゃんのことがわからないと思った。
それともボクのエッチに対するウェイトが、類ちゃんが言うように重過ぎるのだろうか。
黙り込んでいると彼は料理に戻った。
包丁がまな板を打つ軽妙な音が聞こえてくる。
間の抜けた沈黙の後、ボクは立ち上がった。
それからすごすごと食器の用意をしたりした。
「……明日も6時に家を出るから」
3人で夕食を囲んでいると、ソウちゃんが言った。
「う、うん、わかった……」
気まずいながらもボクは頷く。
ソウちゃんが仕事に行っている間、類ちゃんと一緒にいる……そういう約束だ。
「明日もニャン太と『仲良く』してるわ」
何でもないことのように、類ちゃんがハンバーグをつまみながら言った。
「しないよ!」
言外の意味に眉尻を吊り上げれば、
「じゃあ、来なくていいよ」
彼は、粉ふきいもをソウちゃんの皿に移しながら答えた。
「それは……困る」
ソウちゃんが眉をハの字にした。
ボクは慌てて首を振った。
「来るよ。来るけどっ……」
どうして類ちゃんはそんな風に堂々としていられるんだろう。
エッチしたボクが言うのも変だけど、罪悪感とかないわけ……?
「……類ちゃんは、もっとソウちゃんに優しくした方がいいと思う」
翌日、ボクは類ちゃんに言った。……全裸で布団に寝転がりながら。
「散々ヤッといて、お前がそれ言うの」
ティッシュでローションの残滓を拭いながら、類ちゃんは笑った。
壁を撫でてメソメソしていた彼は何処へやら、今日は随分と機嫌が良さそうだ。
「……今のは一般論」と、ボクは答える。
「嫌なら出てけって蒼悟は言うよ」
「言わないよ。ソウちゃん、類ちゃんのこと本当に大好きだもの」
イライラした。
結局、また類ちゃんとしちゃった自分に。
ソウちゃんを傷付けたくないと言いながら、類ちゃんに求められたら断れない。
ボクはサル並みの理性しか持ち合わせていないようだ。友達も大事に出来ないダメな奴だ。こんな自分、知りたくなかった。
……自己嫌悪でグルグルする。
「お前さ、イライラしながら俺に付き合う必要ねぇぞ」
見かねた類ちゃんが、そんなことを言う。
誰のせいでこんなことになってると?
口を突いて出そうになった言葉を飲み込んだ。
類ちゃんのせいじゃない。
何もかも、自分のせいだ。
でも、エッチしないなら出てけって類ちゃんは言うし。
ボクが出て行ったら、ソウちゃんは心配して帰ってきてしまうし。
そうしたら仕事をクビになってしまって、もっとソウちゃんが困ることになる。
もう知らない!とは、言えなかった。
ボクは類ちゃんが好きだから。自己嫌悪で死にたくなりながら、触れらることが出来て喜んでいる。
「……ねぇ。散歩行こうよ」
真綿で首を絞められてるみたいだ。
だんだんと呼吸の仕方がわからなくなっていくような。
無かったことには出来ないけれど、これ以上、クズになりたくない。
でも、類ちゃんはそんなこと許してはくれなかった。
「行かない」
短く言って、ボクの腕を引く。
あんなに自己嫌悪しながら、身体のスイッチは簡単に入ってしまう。
ボクは苛立ちをぶつけるように類ちゃんと身体を重ねた。
その日の夕食は青椒肉絲だった。
ボクは黙々と料理をつくるソウちゃんを手伝った。
類ちゃんは布団でゴロゴロしながら、ボクが持ってきたマンガを読んでいた。