ポリアモリーと愛してみたい(1)
兄と別れた僕は、その足で地下鉄に乗ると類さんのマンション近くまでやって来た。
辺りは日が落ちてすっかり暗くなり、電柱に羽虫が群がり始めている。
これから飲みに行くのだろう、スーツ姿の人たちが往来を行き来していた。
僕は携帯を取り出した。
それから、ずっと大切にしまっていた番号に電話を掛ける。
コール音が響いた。
1、2……3度目で、相手が電話に出る。
『もしもし?』
ずっと聞きたくて、聞くのが怖くて、躊躇っていた愛おしい声。
『――伝か?』
「はい……」
頷けば、向こうで息を飲む気配。
僕は唇を舐めると、唾液を飲み下した。
それから高層マンションを見上げて口を開く。
「類さん。……連絡遅くなってごめんなさい」
『謝るなよ。電話くれてめちゃくちゃ嬉しい。……元気してたか?』
「元気、とは言い切れませんね。あなたに会いたくて、とても寂しかった」
『うん……俺も寂しかったよ』
言葉が胸に甘く響く。
僕は彼の声を味わうように瞬きをしてから、ここにくるまでに考えていた言葉を、ゆっくりと舌に乗せた。
「……類さん。僕は……正直なところ、みなさんとうまくやっていけるか不安です。
あなた方の関係は僕の中にはないものだし、それに、僕はあなたのことが好きだから……独占したくなってしまうかもしれない」
携帯を握り直す。手のひらに汗が滲んでいる。
「でも、知らないから、わからないからって、無理だと決めつけるのは違うと思い直しました」
僕はずっと、僕を蔑む兄が嫌いだった。
自分の中にある価値基準から外れたものを、頭ごなしに否定する彼が。僕を否定し続ける彼が。
でも、僕だって彼と同じだ。
人並みの基準から外れた自分を嫌悪していた。
理解できないからと、類さんたち否定した。
「もし、良ければ……僕にチャンスを下さい。あなたのことを、あなたたちのことを、もっと知りたい」
『伝……』
「僕は……どんな形であれ、あなたを愛してみたい」
言って、僕はフッと笑った。
思えば、類さんのことになると僕は少しだけ強くなれるみたいだ。
『今、何処にいる?……会いたい』
「実はマンションの下にいます」
『すぐ行くよ』
電話が切れる。
僕は東京の狭い夜空を見上げた。
星がうっすらと瞬いている。
頬を撫でる夜風が何処となく爽やかだ。
「デンデン!」
しばらくすると、明るい声と共に小柄な身体が突進してきた。
「わっ、ニャン太さん……っ!?」
抱きとめると、ニャン太さんは僕を見上げて満面の笑みを浮かべた。
「絶対、連絡くれるって信じてたよ!」
彼の後ろを見れば、類さんと、蒼悟さん、帝人さんもいた。
「伝……久しぶり」
「類さん……」
類さんは僕に歩み寄ると、気恥ずかしそうに、困ったような笑みを浮かべた。
「……あのさ。俺が言うのもなんだけど……本当にいいのか?」
「ええ。悩みましたけど……これが僕の選択です」
「そか……」
類さんは僕の肩にコテンと頭を乗せた。
「嬉しいよ。……泣きそう……」
額を押しつけるようにして、上ずった声で言う。
それだけで僕は……この選択をして良かったと思ってしまう。
だって、やっぱり僕は類さんが好きなんだ。
彼が誰を愛しているだとか問題じゃなくて、僕が……彼の傍にいたい。
「ねえねえ、再会を喜ぶのはお酒飲みながらにしない? そゆわけで今から歓迎会しよう!」
ニャン太さんが目を輝かせて言った。
「え!? 今からですか!?」
「だって明日は日曜日だし。みんな揃ってるし。ねえ、いいでしょ? 類ちゃん!」
「伝、予定は?」
「ありませんけど……」
「なら、決まりね!」
僕の腕を取ってニャン太さんが歩き出す。それから「あっ」と蒼悟さんを振り返った。
「ソウちゃんはおつまみ宜しく! お酒はボクたちにお任せあれ!」
「わかった」
それから、僕は類さんと、ニャン太さん、帝人さんとコンビニへ向かった。
「ねえねえ、デンデンはどんなお酒が好きなの?」
「甘いのが好きです」
「ボクも好きー! お揃いだねえ……!」
僕の腕に腕を絡めて、ニャン太さんが楽しげにスキップする。
すると逆の方から類さんに腕を引かれた。
「……ニャン太。お前、くっつき過ぎだ」
「え~? 類ちゃんとデンデンはもう仲良いんだから、次はボクたちの番でしょ?」
小首を傾げてから、彼はニッと目を細める。
「それとも類ちゃん、寂しくなっちゃった? もうっ、大丈夫だよ。類ちゃんのことも大好きだよ。銀河並みに広く深~く愛してる!」
ニャン太さんが類さんに飛びつく。
「うわっ、こら、乗っかんな!」
「好き好き~っっ!」
逃げようとする類さんに抱きつきながら、彼は頬に唇を寄せる。
僕は……
僕は、フッと噴き出した。
いざ仲の良い光景を見てしまったら傷付くと思っていたのに、どうしてか微笑ましく思っている。
ニャン太さんの人柄だろうか。
それとも……類さんが大切にしている人だからだろうか。
「本当に来たんだね」
じゃれ合うふたりを眺めていると、帝人さんに声をかけられた。
「あの……今度こそ本当によろしくお願いします」
「ふふ、仲良く出来るといいね」
彼は目を三日月型に細めて、穏やかに笑う。
「帝人、伝。さっさと来いよ。はぐれるぞ」
ニャン太さんを背負った類さんが振り返った。それに帝人さんが頷いた。
「行こうか」
「はい……!」
僕は地を蹴ると、類さんに駆け寄った。
* * *
数日後。
類さんのマンションに引っ越した僕は、奇妙な家族の一員となった。
――いや。彼らとの、ツギハギだらけで愛おしい日々から、
家族というものを知っていくことになるのだ。
『ファミリア・ラプソディア』Chapter1 おしまい To Be Continued