ファミリア・ラプソディア

少年たちと青春の残像 Side:寧太

――時は遡り、高校3年の7月。

 類ちゃんが学校を休んだその日のうちに、ボクと帝人は彼が一緒に住み始めた親戚の家を訪ねた。

 お父さんを亡くして落ち込む類ちゃんが心配だったし、ソウちゃんの時みたいに悠長に構えていてなんの相談にも乗れなかった、なんてことを避けたかったからだ。

 類ちゃんの親戚の家は、とても裕福そうだった。
 2階建ての家は大きくて、庭には季節の花が色とりどりに咲いている。垣根は手入れが行き届き、駐車場には外車が2台も停まっていた。

「……類さんは体調が悪くて休んでます」

 インターホン越しに用件を伝えると、奥さんらしき人が固い声で応えた。

 何度か訪ねて会わせて欲しいと頼んでも、体調が悪いの一点張り。
 絶対におかしいと思ったボクらは、毎日学校帰りに彼の親戚の家に寄った。

 ある日、チャイムを押すと玄関扉が開いた。
 出てきたのはいつも応対してくれる叔母さんではなくて、その旦那さんらしき人だった。

「2度と来ないで欲しい。妻が怯えている」

 そうむべもなく言い、玄関の扉を閉めようとする。
 ボクは慌てて声を上げた。

「ま、待ってくださいよ! 類ちゃんと連絡が取れないんです。学校も休んでるし、心配で……」

「……私たちだって、あの子がどこで何をしているかなんて知らない」

「え……それって類ちゃん出て行ったってことですか!? いつ!?」

「……」

 押し黙った彼に帝人が静かに口を開く。

「まさか把握していないんですか。それって保護者として無責任じゃありませんか」

 叔父さんは苛立たしげに眉尻を持ち上げた。

「あの子はね、世話になっている恩も忘れて私の妻に手を出そうとしたんだよ!」

 ツバを飛ばして吐き捨てられた言葉に、ボクと帝人は息を飲む。
 彼は怒りを抑えるように溜息をついた。

「……君たちも、彼との付き合いは考えなさい」

 そう言って、彼は玄関の向こうに消える。
 呆然と立ち尽くしていたボクは、バタンと扉の閉まる乾いた音で我に返り、喚いた。

「はぁあっ!? 類ちゃんがそんなマネするわけないじゃん!!」

「……行こう、ニャン太。ここにいてもどうしようもないよ」

 ボクの腕を帝人が引く。

 後ろ髪を引かれる思いで2階を見上げれば、ここのうちの子だろうか、中学生くらいの男の子がこちらを見下ろしていた。
 彼は目が合うと少し神経質そうに顔をしかめて、サッとカーテンを閉めてしまう。

 ボクらは渋々帰路についた。

「あの人、何言ってんの! ねぇ、帝人もそう思うでしょ!?」

「そんなことより今重要なのは……類は1週間近く家に帰ってないってことだと思う」

「あ……」

「何処に行っちゃったんだろうね。携帯は時々電源入ってるみたいだから、生きてはいると思うけど」

「生きてるって……当たり前じゃん。怖いこと言わないでよ」

 帝人が黙り込む。
 ボクは少しでも不安を拭うように明るく言った。

「友達の家に泊まり歩いてるよ。類ちゃん調子いいし」

「そうだといいけど……」

 自分で言っておきながら、ボクもその可能性は少ないだろうなと思った。
 類ちゃんは思った以上に他人に弱みを見せない。事情を知っているボクらにも相談しないのに、他のクラスメートを頼るとは考えづらい。
 ……お父さんの件でボクらに全く信頼がなくなってしまったのかもしれないけれど。

 彼は何処に行ってしまったのだろう。
 捜そうにも何のヒントもないし、類ちゃん自身がボクらを避け続けるなら、もう会うことは不可能だ。

 目線を足先に落とす。

 助けたいと思うのは、余計なおせっかいなのだろうか。
 そもそもお父さんのことも、類ちゃんは誰かに助けを求めていたりはしなかった。
 ボクらはヒステリックな正義感に駆られて、土足で彼のプライベートに踏み込んだだけかもしれない。
 そうだとしたら……類ちゃんがボクらを避けるのは道理だろう。
 心が重くなる。
 ボクはどうしたら良かったんだろう。
 どうしたら、今も類ちゃんと一緒に……いや、みんなで楽しく過ごせていたんだろう……

「……あの」

 ふたりで無言で歩いていると、背後から声を掛けられた。

「あれ? 君は――」

 振り返れば、さっき2階の窓からボクらを見下ろしていた類ちゃんの親戚の家の子だった。

「あの、類くんに会ったら、これ、渡しておいてくれないですか」

 そう言って、彼はボクに茶封筒を差し出してくる。  中を見ると、千円札が何枚か入っていた。

「お金……? どうして……」

「1番類くんに会えそうなのお兄さんたちだと思うから……あの人、着の身着のままで出て行っちゃったんです。だからたぶん、お金に困ってると思う。……って、全然そんなんじゃ足りないと思うんですけど。それがオレのできる精一杯っつーか」

 言って、彼はティーシャツの裾を握りしめた。

「あの人、何も悪くないんです。……母さんがマジになっちゃっただけで」

 呟くと、彼は顔を持ち上げた。

「オレ、類くんに勉強とか見てもらってすごい世話になったんです。お陰で期末うまくいって。兄貴いたらあんな感じなのかなとか、思ったり……類くんはもうオレんち戻ってきたいとかないだろうけど、でも、オレは……心配してて……っ」

 彼の気持ちはとてもよくわかった。
 だから、ボクは深く頷いた。

「見つけたら、連絡するよ。君が心配してるってことも伝える」

「……ありがとうございます」

 彼はどことなく類ちゃんに似た笑顔を浮かべて胸を撫で下ろす。
 ボクらは連絡先を交換して別れた。

* * *

 類ちゃんの消息が掴めないまま、夏休みが終わってしまった。

 受験生のため2学期は自由登校だった。
 だからボクは朝から晩まで類ちゃんを探して回った。
 時折、帝人も手伝ってくれたけれど、彼は今、1番の追い込み時期だしであまり頼ることはできなかった。

 何のヒントもなく、人を探すのはやっぱり不可能だった。
 時々、類ちゃんに電話やメールを送ってみたけれど返信は無く、彼に避けられているのだと実感して落ち込んだ。

 最後に「困っていることがあったら頼って欲しい」と連絡し、メールも電話も控えた。
 でも、彼を探すのは止められなかった。毎日続けていたせいでルーティーンになっていた。

「ニャン太。毎日、出掛けてるけど大丈夫なの? 一応、受験生なんだから、ゲームはそこそこにしておきなさいよ」

 10月に入る頃。
 夜、自室を訪れた母に小言を言われた。
 ボクは路線図にバッテン印を付けながら「わかってるよ」と応える。

 学校の最寄り駅をスタートに、近くの駅で類ちゃんの情報を集めていたのだ。
 さっぱり収穫はなかったけど……

 と、携帯が震えた。
 見れば、ソウちゃんからメールが来ていた。

 とてつもなく珍しい出来事にボクは携帯に飛びついた。
 そういえば前に、類ちゃんから連絡があったらメールをくださいとメッセージを飛ばしていたことを思い出す。

 もしかしたら、ソウちゃんには連絡があったのかもしれない。
 ボクは逸る気持ちのままメッセージを開く。

「え……」

 それから目を瞬いた。
 ディスプレイに踊る、『助けてくれ』の文字。

 ボクは携帯をポケットに突っ込み、定期と財布を持つと立ち上がった。

「お母さん。ボク、ちょっと出掛けてくる!」

 リビングで姉たちとテレビを観ていた母に声を掛け、玄関に向かう。

「ええっ? こんな夜に?」

「今夜は友だちの家泊まるかも。決まったらまた連絡するね」

 靴紐を結んでいると、母が玄関まで見送りに来た。

「急ねぇ。人様に迷惑かけるようなことしちゃダメよ」

「しないよ! じゃあ、いってきます!」

「気を付けてね」

 ボクは駅まで走りながら、ソウちゃんに詳細を確認すべく電話をかけた。
 1度目のコールで電話は繋がった。それだけで、事の重大さを理解できた。

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