ファミリア・ラプソディア

番外編 駆け引きと写真

「あーもー、いやだー!!!」

 とある日曜日。
 マンションにニャン太さんの叫び声が響いた。

「ど、どど、どうしたんですか!? ニャン太さん!?」

 慌てふためき自室から飛び出せば、彼はリビングのソファで足をじたばたさせていた。

「みんな忙し過ぎ! デンデンも全然遊んでくれないしっ!」

「す、すみません、修論の進みが悪くて……」

「みんな少しは息抜きしよう!? 心の余裕めちゃ大事だよ!」

 彼の声に、類さんソウさん、それから帝人さんが続々とリビングに集まってきた。

「息抜きって何かしたいもんでもあんの……」と、今朝まで仕事をしていた類さんが問う。

「ゲーム! ゲームしたい!」

「しょうがないね。ちょっとだけだよ」

 帝人さんが苦笑をこぼす。
 僕たちは飲み物を用意するといつもの席に座った。

「で? ゲームって何してぇの」

「フッフッフッ、よくぞ聞いてくれました。今日はねーーインディアンポーカーしよっ!」

 そう言って、ニャン太さんはテーブルの上にトランプを置く。

「インディアンポーカー……?」

 聞き慣れない単語に首を傾げれば、類さんがすかさず説明してくれた。

 彼曰く、インディアンポーカーとはカードを使った心理戦らしい。
 それぞれが山札から引いた1枚のカードの強さを競うのだが、自分で自分のカードを見ることはできない。
 そのため会話をして相手の反応から自分のカードの強さを推理する。
 勝てそうなら勝負し、負けそうなら勝負を降りる。勝負するのに10ポイント支払い、降りる時は3ポイント支払う。勝てば、場に出ていたポイントを全て貰うことができる、とのこと。

「5回勝負で、1番ポイントの少ない人が罰ゲームね」

「罰ゲームあるんですか!?」

「そっちのが盛り上がるでしょ?」

 確かにそうかもしれない。少しのスリルは楽しさのスパイスだ。

「それで? 罰ゲームって何するの?」

 小首を傾げた帝人さんに、ニャン太さんはニヤリと口の端を持ち上げた。

「携帯の……写メを見せる!」

 僕はギクリと身体を強張らせた。
 携帯のフォルダには、類さんの写真が膨大に入っている。100ギガくらい彼の寝顔とか寝顔とか寝顔とか……寝顔とか、だ。

 そんなのバレたら、類さんにドン引かれる。
 少しのスリルどころではない。

「それ、罰ゲームになるか?」と、類さん。

 帝人さんも「別に構わないけど」と涼しげだ。

「ボクも全然フツーに見せられるんだけどさ、罰ゲームの定番らしいから。ガチめのにすると楽しめないだろうし。緩?く軽?く遊ぼ♪」

 緩く軽くなら、あまりゲームをしたことのない僕でもなんとかなるかもしれない。とにかく、ビリにだけはならないようにしないと……

「まあ、カジュアルだからって手は抜かねぇけどな」

 類さんが不敵な笑みを浮かべる。

「え!?」

「ふたりほど負けさせたい相手がいるし」

 言って、彼は僕とソウさんを見た。

「……俺は、困る」

 ソウさんは珍しく動揺して、携帯を後ろ手に隠した。

* * *

 1回戦目。

「それじゃあ、始めるよ?。インディアンポーカー!」

 掛け声と共に、僕たちは山札から引いたカードをおでこにくっつけて開示した。

「げっ」と類さん。僕も右に同じの心境だ。
 みんながおでこの所で見せているカードは以下の通り。


 類さん:ハートの10
 ニャン太さん:スペードのクイーン
 ソウさん:ハートの8
 帝人さん:クローバーの3


 4人の中では、ニャン太さんが断トツだった。
 もうこれに勝てるのは、キングかジョーカーしかないのだ。
 じゃあ、勝てるカードを自分が引いている確率はと言えば、12パーセント。自分のラック値を考えるにたぶん引けていない。

 なんとかして、ニャン太さんが引いたカードは『低い』と思わせ、勝負を降りて貰わないと。

「伝の一人勝ちじゃねぇか」

 何を言うべきか悩んでいたら、さっそく類さんが仕掛けてきた。

 お、落ち着け。落ち着け。
 類さんは僕とソウさんの写メを見る気満々だ。つまり、僕に強いカードを持っていると思わせて、ニャン太さんと勝負をさせる根端なのだろう。

「そ、そんなに僕のカードいいです? 類さんもかなり良いですけど」

「ホントか? でも伝には負けてると思うぞ」

「ねぇねぇ、ボクのカードはどうなの?」

「どうって……」

 ニャン太さんを抜かして、4人で目配せする。

「かなりいい」とソウさん。

 ああっ、本当のことを!
 思わず突っ込みそうになるのをグッと堪えれば、

「ソウ……本当のこと言ったら、ダメだよ」

 と、帝人さんが絶妙な笑みでカバーしてくれた。

「うーん……ソウちゃんだけなら、本当にいいカードだって思えたんだけど、帝人までそう言うとなぁ。途端に不安になる……」

 悩ましげに唸る。

「いや、本当に本当だよ。ただ、まあ、伝くんのカードには負けてるってだけで」

「あー、なるほど?」

 ニャン太さんは僕の額のカードを見てから、フッと笑った。

 これは……僕がターゲットにされているな?
 でも、帝人さんまで僕のことを持ち上げたら、さすがにわかる。

 というか、もとより僕は降りる気満々だった。

 たぶんこのゲーム、勝負するよりパスした方が良い。1度負けたらマイナス10ポイントだ。しかし、5回全てパスしたとしてもマイナス15ポイントにしかならない。

 すると、考え込んでいたニャン太さんがパッと顔を上げた。

「ま、いいや。勝負しようデンデン!」

 僕は冷静に首を振る。

「僕は降りますよ」

「え? マジ?」と類さん。

「本当にいいの? 伝くん」

 帝人さんまで、キョトンとしている。

 ふたりとも、あからさま過ぎます……

「じゃあ、俺勝負するわ」

 類さんが言う。それに「俺も」とソウさんが続く。ふたりとも、クイーン相手にどうしてそんなに強気に出られるんだろう。

「俺は降りようかな」と帝人さん。

 そして、全員の意思確認を終えた所でカードが開示された。

「やったあ! ボクの勝ち!」

 ニャン太さんが飛び上がる。  僕は……僕は、自分のカードの数字に固まった。

「まあ、無理か。でも、伝が降りたからいけると思ったんだよな」

「いやぁ、デンデン降りなかったら誰も勝負しなかったでしょー」

「もったいなかったね、伝くん」

 帝人さんが微笑む。
 僕のカードは、ジョーカー――すなわち、場で1番強いカードだった。

* * *

 その後も順調に僕は勝負を降りた。
 1度勝ちの流れを取り損ねた僕に、勝利の女神は微笑まないと思ったのだ。
 が、2回戦目も、3回戦目も、4回戦目も、僕は場で最も強いカードの持ち主だった。

 みんなには何度も「降りたらもったいないよ」と言われた。
 でも、さすがに強いカードを引き続けるわけがないと疑ってしまったのだ。
 なんてもったいないことを……

 最後のゲームを前にして、それぞれのポイントはこんな感じだった。


 類さん:+30ポイント
 ニャン太さん:0ポイント
 帝人さん:+10ポイント
 ソウさん:-26ポイント
 僕:-12ポイント


「じゃあ、ラスト行くよ。インディアンポーカー!」

 僕はカードをおでこにくっつけながら、内心冷や汗をかいていた。

 今回、自分を抜かした4人の中で1番強いカードを持っているのはソウさんだ。

 彼が11ポイント以上勝ったら、僕が負ける。
 自分がビリにならないためにはソウさんを勝負から下ろすか、はたまた、自分のカードで勝つかしかない。

 が、ソウさんは現在最下位なので、勝負を下りることはないだろう。
 ソウさん以外、全員が勝負から降りても彼は12ポイントゲットしてしまう。
 ということは、僕が僕のカードを信じて勝負をするしかない。

「なんだか凄く気合いが入ってるね」と、帝人さんがのほほんと言う。

「そりゃあ今回のゲームでキレイにビリが決まるからな」

 ニヤニヤと楽しそうな類さん。

「しかも、写メ見せたくないって2人だしね?」

 僕の隣で、ニャン太さんも期待に目を輝かせている。

 ……負けるわけにはいかない。
 携帯のフォルダが類さんの寝顔コレクションになっているだなんて、絶対に知られるわけにはいかない。

「ソウさん、勝負しましょう」

 言うと、ソウさんがコクリと頷いた。

 4回もいいカードを引けたのだ。
 たぶん今日は人生1番ラック値が高いに違いない。

 神様仏様勝負の女神様――

「せーのっ!」

 掛け声と共に、おでこにくっつけていたカードをテーブルの上に放る。

 ソウさんのカードはダイヤの7。
 僕のカードは……

 クローバーの2、だった。

* * *

「本当に本当に僕の写メなんて見ても楽しくないですよ!?」

「別に楽しくなくたっていいよ~どんな写真撮るのかなって興味あるだけだから♪」

 僕の座る場所に、みんなが集まる。

 どんな写真って、類さんだけだ。
 もうこれ絶対にストーカーだと思われてしまう……

「っつーて全部見るのは量も多いし、上からなん個目の写真、とか指定しようぜ」

「だね。じゃあ、最後巻き返したソウちゃんの数字にあやかって、上から7番目の写真にしよっか」

「わかりました……」

 何番目でも変わらないが、ストーカーと思われるのは避けられそうだ。
 ありがとうございます、類さん……

 みんなが目を瞑る。
 僕は上から7番目の写真を探し……あっ、となった。

「もーいーかい?」

「あ、はい。どうぞ」

 携帯を差し出す。
 みんながディスプレイを覗き込む。

「え、何コレ?」とニャン太さん。

「本の……背表紙、かな?」

 帝人さんが小首を傾げる。

 7番目の写真は奇跡的に、修論で使っている幾つかの本をメモ代わりに撮ったものだった。

「だから言ったじゃないですか。見ても楽しくないですよって」

「カメラってこういう使い方もあったんだ……」

 ニャン太さんが目を瞬かせている。
 それに、類さんがクスリと笑った。

「数字が悪かったみたいだな」

「ぅえっ!? そ、そんなことは……」

 焦る僕に、ニャン太さんはパッと表情を弾けさせた。

「その焦りよう、絶対エッチな写真があるね!?」

「ないですよ!」

「よーし、もう一回勝負しよ!」

「いいけど、伝のエッチな写真なら俺の方にたくさんあるぞ」

「えっ、見たーい」

「何で持ってるんですか!? というか、見せないでください!!」

「じゃあ、次は俺の写メをかけてゲームするか」

 類さんがケラケラと笑う。

「それ、類ちゃんが負けたら見せてくれるの?」

「いいよ」

「いいよ、じゃないです! 絶対ダメです!」

 ニャン太さんがトランプを切り始める。
 僕はそれを取り上げて、脱兎のごとくその場を離れようとした。
 が、ニャン太さんに抱え上げられてしまう。

「うわぁっ!? ちょ、離してください!」

「大丈夫、大丈夫。類ちゃんを信じて、デンデン」

「そうだそうだ。俺、負けないように頑張るからさ」

「その顔、めちゃくちゃ負ける気満々じゃないですかぁっ!」

 結局、またインディアンポーカーをした。
 類さんがわざと負けるんじゃないかとヒヤヒヤしたものの、彼はさっきよりも高ポイントで勝った。

 彼は悔しがるニャン太さんの頭を撫でながら、「伝の嫌がることはしねぇよ」と僕に笑いかけてくれた。
 でも、「じゃあ僕の写真、消してください」とお願いしたら、聞こえないフリをされた。

* * *

「ソウが写真撮ってるとこ見たことなかったから、人に見せられない写真を持ってるって意外だったな」

 ゲームが終わると、帝人さんがしみじみと言った。

「それって、類の写真?」

「……内緒だ」

 ソウさんが少し気恥ずかしそうに目線を逸らす。
 僕たちは顔を見合わせた。

 しばらくの間、ソウさんの携帯にはどんな写真が入っているのか色々と議論されたのはいう間でもない。




『ファミリア・ラプソディア』 番外編「駆け引きと写真」 おしまい。

-131p-
Top