ファミリア・ラプソディア

正解と不正解 Side:蒼悟

『蒼悟くんは正しいかもしれない。でも、優しくないね』

 小学校の頃、部活の顧問が難しい顔をして俺にそう告げた。
 というのも俺が余計なことを言ったせいだ。

 陸上部の部長が、医者の意見を無視して練習を続けケガを悪化させた。
 しかしそれを押して、試合に出場。チームは初戦敗退した。

 みんなは口々に「がんばったね」「いい試合だった」と労いの言葉をかけていたが、俺にはそれが理解できなかった。

「体調管理を怠ったのは部長なのに。それでどうしていい試合だったなんて嘘をつくんだ?」

 無茶な練習を続ければ本来の力を発揮することはできなくなる。
 小学校生活最後の試合だからと、ケガをしていた部長を試合に出した顧問の考えもわからなかった。二軍の生徒の中には、彼よりも実力のある者がいたというのに。
 部長のせいで結果を出せなかったのは、誰もがわかっていた。
 それでどうして「いい試合だった」なんて嘘をつくんだろう。

 俺の言葉に空気がシンと静まり返った。
 部長は項垂れて「ごめん」と言った。

 戸惑う俺は、後で顧問に呼び出され注意を受けた。
 俺は自分が正しいことを主張した。みんなだって同じ事を思っているとも。
 そして、初めの台詞に戻る。

 部長は中学では陸上部には入らなかった。
 俺のひとことが原因だったと別の部員に言われた。




 その一件を境に俺は極力、言葉を発することをやめた。
 優しさというのがわからないし、自分だけでなく相手の感情も判断がつかない俺は、きっと無意識に相手を傷付けてきたのだろう。それを思うと恐ろしくてたまらなかった。

 それから後は、自分の言葉足らずで他人を傷付けることはなくなった、と思う。
 その一方で俺は自己表現の方法を忘れ、そのせいで周りから誤解されることが増えた。
 でも、それで構わないと思った。
 誰かを悲しませるくらいなら、ひとりの方がずっといい。

 高校生になっても、大人になっても、こんな風に生きていくのだと信じていた。
 けれど、俺は――類に出会った。

* * *

 高校に入学してまだ日も浅い頃のこと。
 よく類と寧太、帝人のグループに混ぜて貰っていた俺は、黙々と昼食を口に運んでいた。

 と、類が寧太の弁当から唐揚げ揚げを摘まんで頬張った。
 それに寧太が絶望的な悲鳴を上げる。

「ああっ! ちょ、頼久くん! なに、人の唐揚げ取ってんの!?」

「いいじゃん、2つも入ってんだから」

「2つしかないんだけど!?」

「わかった、わかった。俺のホットドッグやるよ」

「しなしななレタスしかないじゃん! それ、レタスじゃん!!」

 ふたりは騒がしい。
 出会ったばかりなのにもう仲良くなっている。素直に感心してしまう。

「頼久くんって、好き嫌いハッキリしてるよね」と、帝人。

「わかりやすくていいだろ」

「肉ばっかり食べてると、大人になった時やばいよ~」

「甘党なお前に言われたくねー」

「汐崎くんは、何か好きなものとかあるの?」

 突然、帝人から問いを振られて俺は困惑した。
 栄養学的にも、類はもっと野菜は食べた方がいいよな、と考えていたからだ。

「俺は……」

 好きなものを思い浮かべてみる。
 好きならば、よく口にするものだろう。
 プロテインは毎日飲んでいるな。
 鶏肉もよく食べる。
 が、全てタンパク質を取るためであって、好きかと言われるとそうではない気がする。

 好き……好きなもの……

「……別に」

 結局、見つけるのを諦めてそんな答えになってしまった。

「そっか」と、帝人が笑う。
 それに寧太が眉をハの字にした。

「ねぇ、ねぇ、もしかして……汐崎くん怒ってる?」

「どうしてだ?」

「だって、その……さっきから全然話さないし。騒がしいの嫌いなのかな、って」

「いや……」

 なんて説明すべきか言葉を探していると、類が横で口を開いた。

「蒼悟はゆっくりなんだよ。答えるまでに時間がかかって、で、途中で諦めちまうっつーか」

 俺は目を瞬かせる。

「……って、あれ? 違った?」

「いや……違わない」

 事実、俺は類と寧太の会話内容を把握するので精一杯で、突然の質問に頭の中が混線している。

「そうなの? じゃあ、さっきの『別に』も諦めちゃった感じ?」

「……悪い。苦手なんだ」

「苦手? 何が……?」

「たぶん、好きなもの探すことが、だよ。な?」

 代わりに類が応える。
 俺は頷いた。

「あ、そゆことか!」

 寧太が破顔する。

 俺は世界が広がったような気持ちになっていた。
 もの凄く高性能な翻訳機を手にいれたような……

 類の側にいると気が楽だ。
 彼は、言葉が足らなくても俺をわかってくれる。
 高校では普通に話しかけられるようになった。
 類が間に入ってくれるお陰で、誤解されるようなことも減った。

 やがて、寧太とも帝人とも会話が成り立つようになった。
 ふたりとも、じっと俺の言葉を待ってくれて、困惑しているといろいろと捕捉してくれたりして、俺は自分の中にも楽しいだとか嬉しいだとかそういう感情があるのを知った。

 特別なものを感じたことのなかった学校生活が、初めて前向きなものに思われた。
 学校には、寧太がいる。帝人がいる。そして……類がいる。

 俺には類が必要だ。
 寧太や帝人に対するものよりも、強く思う。

 それは、生まれて初めての感覚だった。

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