ファミリア・ラプソディア

秘密と嘘(4)

* * *

 三者面談はほぼ先生と母が話している状態だった。

 志望大学だとか、医師を目指していることだとか。
 模試の結果に苦手科目、それから心配事……面談の15分間はずっと母が話していた。
 担任が気を遣って俺にも話題を振ってくれたが、熱心な様子で応えたのは彼女だ。

 ちょっと困ったようにする担任に、俺は苦笑を浮かべて肩を竦めた。
 面談は始終そんな感じで終わった。

 それから母と別れた俺は、ぐったりする身体を引きずるようにして昇降口に向かった。
 この後はもちろん予備校だ。
 類とニャン太はこれから面談で、ここ数日、理由もなくひとりで帰っていた俺はちょっとだけ心が軽くなる。

 何やら辺りをきょろきょろと不安げに見やる中年の男性を見つけたのは、昇降口すぐの階段のところだった。
 たぶん三者面談に来た誰かの父親だろう。
 彼は少し歩いて教室の室名札を見上げて、また、校舎地図のところまで戻ってきて小首を傾げた。

「あの……何かお困りですか?」

 声を掛ければ、彼はポケットに手を入れたままゆっくりとこちらを振り返る。

 面長の、彫りの深い顔つきの男性だった。
 高い頬骨に、真っ直ぐ通る鼻筋、それから陽光に透き通る白い肌……どこか日本人離れした容姿だ。
 彼は俺を見上げると、人好きのする笑顔を浮かべた。

「ああ、すみません。面談で、息子のクラスに行きたいんだけど場所がわからなくて……」

 そう言った声は、少ししゃがれている。

「何組ですか?」

「確かCだったかな」

「偶然ですね。俺、同じクラスなんで案内しますよ」

「ああ、同じクラスの子だったのか。類がいつもお世話になってます」

 言って、彼はペコリと頭を下げた。

「えっ……!」

 名前に目を見開く。
 俺は慌てて同じように頭を下げた。

「あ、その、俺の方こそ……いつも仲良くして貰ってます」

 それから、俺は類の父と連れ立って歩きだした。
 微かなタバコの香りが鼻をくすぐる。

「迷っていたから、とても助かったよ」

「いえ……」

 気さくな様子でそう話す彼に、俺は不思議な印象を抱いた。
 どことなくちぐはぐというか……
 腰が低く柔らかな仕草なのに、ポケットに手を入れたままなせいだろうか。

 しばらく沈黙が落ちる。
 と、教室のある階に辿り付いたところで、彼は口を開いた。

「蒼悟くん、という生徒のこと、知っているかい?」

 思わぬ質問に目を瞬く。

「は、はい。彼がどうかしましたか?」

 小首を傾げた俺は、

「ケガは大丈夫なのかと思って」

 続いた言葉に血の気が引いた気がした。

「け、ケガ……ですか?」

「うん」

 彼は穏やかに頷く。
 俺は一度唇を引き結んでから、歩きつつ応えた。

「……そういう話は聞いていないですけど」

 咄嗟に嘘をついた。
 類の父は俺を見て、それからどこか安堵したように前を向いた。

「そうか。それならいいんだ」

 ……俺たちがソウのケガを知ったのは、彼が中退するという話を聞いた時だ。それまで彼は風邪で休んでいると伝えられていた。
 それなのに類の父はケガのことは知っていても、そのケガによってソウが中退したことは知らないようだった。
 もし中退したことを耳にしていたならば「大丈夫か」などと訊くわけがないし、俺の答えが嘘だと指摘しなかったことからも、ソウが学校を辞めたことを知らなかったのは確実だろう。

 もしかしたら類がケガのことだけを彼に話したのかもしれない。
 しかし、どことなく不自然さを覚える。

 どちらかといえば……
 誰に聞いたわけでもなく、彼はソウがケガを負ったことを知っていた。
 そう考えた方が自然に思えてしまう。

 脳裏を過った考えに、俺は口に溜まった唾を飲み込むと視線を床に落とした。

 そんな馬鹿な、と思う。
 そうだとしたら、ソウのケガと類の父親に関係性があったことになってしまうじゃないか。

「……つきましたよ」

 俺は思案を切り上げると、室名札を目で示した。
 類の父は嬉しそうに微笑み、再び深々と頭を下げた。

「ありがとう、助かったよ」

「どういたしまして。それでは、俺はこれで」

 会釈をして踵を返した。ついで足早に歩き始める。

「あれっ、親父!? なんで、学校に……っ」

 背後で扉の開く音がして、類の声が聞こえてきた。
 先に面談を始めていた彼は、父親に気付いて教室から出てきたのだろう。

「部屋でプリント見つけたんだよ。来ない方が良かったか?」

「や、フツーに嬉しいよ」

 ふたりの声が遠ざかり、教室の扉が閉まる音がした。

 俺は妙な胸騒ぎを覚えて拳を握り締める。

 類は……何か隠しているんじゃないのか。
 いや、隠しているのは……彼の父親か?

 俺は歩みを止めると、背後を振り返った。
 類の父親ともう少し話をしてみたい――そう強く思った。

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