理想と現実(6)
その日は珍しくソウちゃんの部活が休みということで、ゲームセンターで時間を潰していた。
ボクは今めちゃくちゃハマッているリズムゲームにみんなを誘った。
もちろんボクが負ける要素はなかった。いかに要領のいい類ちゃんといえども、ノーマルをクリアするだけで精一杯、ハードにチャレンジすることすら出来なかった。
「類ちゃんにもできないものがあるんだねぇ」
あと一歩のところでフルコンを逃し、悔しげにする類ちゃんにボクはニヤリと笑う。
彼はスコアボードに向かって舌打ちしてから、筐体から離れた。
「こんなん金と時間費やした数だろ」
「はいはい負け惜しみどーも」
ボクはルンルン気分で類ちゃんの代わりに筐体の前に立った。
「それじゃあ、類ちゃんにお手本を見せてあげよう。……このニャン太様の、神の手さばきを!」
格好付けてポーズを決めてから、筐体の操作盤に手を置く。帝人がノリよく拍手をしてくれて、それに汐崎くんも乗ってくれた。
曲が始まる。ボクは意気揚々と手を動かす。
さっき類ちゃんがフルコンを逃した曲の、ヘルモードだ。
リズムに乗り軽やかに手を動かせば、スコアが目にも止まらない速度で増えていく。
「うわーキモ」と、類ちゃん。
「ちょっと! キモイって酷くない!?」
ボクはディスプレイに顔を向けながら声を飛ばす。
8方向から飛んでくるノーツを、タイミング良くタップ。
もうこの曲の譜面はとっくの昔に暗記していた。フルコンなんて数え切れないほど取っている。
というのも、前に類ちゃんがこの曲を選ぶのを見て、まず練習したのだ。
最後のノーツをパーフェクトなタイミングでタップし、ボクはドヤッと後ろを振り返った。
「どうよ!」
「凄いね。途中、どういう手の動きしてるのか見えなかったよ」
帝人がしみじみと言う。ボクはフフンと鼻を鳴らした。
「いぇ~い♪ もっと褒めて♪」
と、筐体がピコンと鳴って新しい曲目が出たことを教えてくれる。
ヘルモードをクリアすると出る隠し曲だ。
「でも、感心するのはまだ早いんだなぁ。ボクにはまだ倒すべき敵がいる……」
ボクは袖をまくると、足を肩幅に開き姿勢を正して筐体に向かった。
まだフルコンを取っていない、最も難易度の高い曲だ。
ボクは全集中でプレイに臨む。
背後で「げぇ」と類ちゃんが呻く声。
ボクは興奮に頬を熱くさせながら、手を動かした。
結構良い感じだ。
いつもズレるノーツをパーフェクトでクリア。
よし……よし、よし!きた!きたこれ!
これはもう、フルコン確定――
額に汗が滲む。
期待に胸が震える。と、その時だ。
「ひゃあっ!?」
突然、脇をくすぐられた。
それは致命的な一撃で、一瞬でノーツが流れ去る。
「あっ……あーーーーー!!!!!」
立て直そうとしても無理だった。
数秒後にはディスプレイにゲームオーバーの文字が浮かび、リトライするかどうかのカウントダウンが始まる。
「くっ、くくっ、今のニャン太の声聞いたか帝人……っ」
類ちゃんが背後で爆笑した。
「類って時々バカだよね」
それに、帝人が呆れたように言う。
「え?」キョトンとする類ちゃんをボクはわなわなと肩を怒らせて振り返った。
「るーいーちゃーん……」
ハッとして逃げだそうとした彼の背中に、地面を蹴って勢いよく飛びかかる。
そのまま彼にヘッドロックをかけた。
「もうちょっとで! もうちょっとでフルコンだったのに!!」
「ちょ、ごめっ……出来心っ……ぐえっ」
「許さない許さない許さないから~~~ッッツ!」
「ギブ! ギブギブ! ニャン太! 死ぬからっ!! た、助けてくれっ、帝人……!」
「自業自得でしょ……」
「あぁあ! この鬼! 悪魔! ぎゃーッッッ!!」
類ちゃんがタップしてくるけど無視した。
もう少しでフルコンだったのに。今回こそいけそうだったのに。許すまじ……
じたばたする類ちゃんに技という技をかけていると、隣の筐体でソウちゃんがプレイし始めた。
彼はスッと姿勢よく手を構える。
それから曲が始まったけど、彼のタップは全てワンテンポ遅かった。
ゲームオーバーになると、彼はひとつ嘆息してボクに向き直った。
「……ニャン太は凄いな。俺は一番簡単なのももできなかった」
「ソウは反射神経があるから、練習したら出来るようになると思うけど。ねえ、ニャン太?」
「うん。リズムゲームもプレイした数だよ」
「そういうものか」
と、腕時計を見下ろした帝人が口を開いた。
「……あ、そろそろ予備校の時間だ。それじゃあ、また明日ね」
「もうそんな時間? 類ちゃん、ボクらもバイト行こっか」
類ちゃんが降参を訴えるように腕を叩いてくる。
ボクは技を解くと、彼を引きずるようにしてバイトに向かった。
* * *
その日のバイトは、息をつく間もないくらい忙しかった。
「6名さま、ご案内です!」
「いらっしゃいませ!」
18時には満席で、空きを問い合わせる電話が引っ切りなしに鳴った。
予約なしで訪れたお客さんに何度頭を下げて帰って貰ったかわからない。
団体用の席はピッタリ2時間で入れ替え。食洗機は回りっぱなしだし、立て続けにオーダーが入る。キッチンはもちろん人手が足りなくて、ボクと類ちゃんはホールの傍ら軽いフードを手伝った。
目が回るような忙しさを必死で捌く。
しかし、もう少しでお客さんのピークが途切れるという時、ある常連客の苛立ちバロメーターが振り切れた。
「お待たせしました。シラスとワカメのサラダと、軟骨の唐揚げ、それからサバの炙り焼きと……」
「たったこんだけの注文運んでくるまでに、一体どんだけ待たせれば気が済むんだ!!」
注文の品をテーブルに運んだボクに、常連のお客のひとりが唾を飛ばして怒鳴った。
「すみません。今日、お客さんが多くて……」
「だからなんだ!? 誰のお陰でこの店がもってると思ってんだ!」
ボクはすみません、と繰り返し頭を下げた。
彼のツレは、そんなに怒らなくてもとか、食べないと冷めちゃうよ宥めてくれようとしてたけど、お酒の勢いもあって彼の苛立ちはますますヒートアップしていく。
彼がこうして苛立ちをぶちまけるのはいつものことだった。
彼は父さんが見てないところで、ボクに怒鳴り散らす。それを楽しんでる節がある。
ぶっちゃけ彼が落としてくれる金額はそこまで大きくないし、毎度のクレームに対応している方が時間の無駄なんだけど、そう思ったのは初めの頃だけ。ボクは何だか慣れてしまって赤べこみたいに頭を下げ続けた。
だってこのオジサン、いつも同じ事を言うのだ。
「全然申し訳ないと思ってねぇな。謝りゃいいわけじゃないんだぞ!」
「すみません」
「さっきからバカのひとつ覚えみたいに、すみませんすみませんって……謝罪の仕方も教えてもらってないのか! ったく、母親がまともじゃねぇと子供が可哀想だな、本当」
ぐい、と、ビールを傾けて吐き捨てる。
ほら、きた。
お決まりのセリフ。
「最低限の常識すら叩き込んで貰えねぇなんて虐待だよ、虐待。大将も大将だ。あんな淫売にたぶらかされて情けない」
ボクは殊勝な顔をして俯く。
「おい。聞いてんのか!」
それ、なんて答えればいいのさ。
注文が遅れたのと母さんのことは全く関係ないのに。
「いいか、お前の母親はな……」
それから彼はいかにボクの母親がダメな女なのか、嫌悪感剥き出しに話し出した。
ツレのお客さんは止めるのを諦めて、気まずそうに食事に戻った。こうなった彼は満足するまで話さないと止まらないからだ。
大したことはない。
いつものことだ。
ボクはぼんやりと説教風に八つ当たってくる彼を見つめ返した。
鼻毛出てるなーとか。
いつも思うけど、てっぺんの髪の質感が他と違うんだよなーとか。
ってか、もう少し店が落ち着いてからだと助かるんだけどなーとか。まあ、そんな気遣いできる人はクレームしないかーとか。
今日のフルコンボ惜しかったなーとか思いながら。
その時だ。
「すみません、大変お待たせしました。ご注文の生中です」
生ビールのジョッキを手に、類ちゃんが歩いてくる。
「類ちゃ……っ」
かと思えば、類ちゃんは勢いをつけるようにして彼にビールを浴びせた。
金色の液体が彼の頭に直撃し、時が止まる。
水分を含んだ髪が、ズルリと彼の頭から落ちた。予想してた通り頭頂部分はカツラだった。
「ぇ、ぇあっ……ちょ……」
パニくるボクとは裏腹に、類ちゃんは頭を下げようともせず晴れ晴れとした笑みを浮かべた。
「誠に、ごめんなさい」